2017. 08. 09  

72年前の今日。1945年8月9日、長崎原爆投下。ジョー・オダネル氏が撮影した「焼き場に立つ少年」。


毎年8月には広島と長崎で原爆被爆者の慰霊祭が開かれます。ここで市長や総理から核兵器廃絶が大切との声明が発表されますが、現時点から見通しうる将来に、残念ながら核兵器が廃絶されることは絶対にないだろうと思います。

核兵器の保有国は、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮。イスラエルも保有宣言はしていないものの、核保有国とみなされています。

歴史から学ぶべき、最も重要なことは「人々が歴史から学ばないという事実」です。

「我々は核兵器のない世界ではなく、戦争のない世界を目指すべき」と語ったのは、英国のサッチャー元首相でした。

上記9カ国が、易々と核兵器を手放すことなど絶対に考えられないわけです。

こと左様に長崎忌の今日、北朝鮮リスクへの警戒感で、安定的な「円」が買われ、ドル円は109円後半と6/15以来の安値を更新。(お盆の閑散期を狙った、インチキな仕掛けの類じゃないかとも受け取れるわけですが)

米国政府は、北朝鮮における米国人の退去を8月中に完了させるよう勧告。9月からは渡航禁止措置を発令する予定となれば、年月同盤の9月は北朝鮮リスクも多少警戒しなければならないでしょう。

米国務省は2日、北朝鮮への米国人の渡航禁止措置を9月1日から実施するため、米国パスポートを持って北朝鮮に滞在している渡航者に対し、8月中に国外へ退去するよう呼び掛ける海外安全情報を出した。

 渡航禁止措置の実施後も、ジャーナリストや赤十字など人道支援活動の従事者のほか、渡航が国益に資すると判断された人は例外的に認められる可能性があるという。

 国務省は、北朝鮮で拘束された米国人大学生オットー・ワームビア氏が昏睡状態に陥り、解放後に死亡した問題を受け、7月に渡航禁止を決定した。(共同)



上掲、焼き場の前で直立不動の長崎の少年。キリッと真一文字に結ばれた口元、哀しみをたたえた眼差し。後世に生きる者は、この一枚の瞬間に強く胸を打たれます。涙する人もいるでしょう。ご存命であれば、80歳くらいでしょうか。その後の人生がお幸せであったことを願わずにはいられません。

【追記】

この写真は、亡くなった幼い弟を、おんぶ紐で背負い、直立不動で火葬の順番を待っている10歳くらいの少年を撮影したもの。はだしの少年の、きつくかみしめた唇には、血がにじんでいたと、後にオダネル氏は語っている。足に浮腫がみられた少年は、その後どんな人生を歩んだのか、オダネル氏は再会を望んだが、果たせなかったという。

オダネル氏は2007年8月10日、テネシー州にて永眠。偶然とはいえ長崎忌の翌日に亡くなられました。奥様は日本女性、坂井貴美子さん。当時のNYTは以下のように伝えています。

The cause was complications of a stroke, said his wife, Kimiko Sakai. She said that he had had more than 50 operations, among them surgery on his colon and his heart, and that he had attributed his poor health to radiation exposure resulting from his visits to Nagasaki and Hiroshima.

死因は、妻坂井貴美子によると、卒中が併発したものだった。彼は50回もの手術をしていたし、それには直腸や心臓の外科手術も含まれていた。彼が健康を損なっていたのは、彼が長崎と広島を訪問したおりの被爆によるものだった。

Mr. O'Donnell also ventured to Hiroshima and to cities bombed with conventional weapons. He carried two cameras. With one, he took pictures for the military. With the other, he took pictures for himself. When he returned home after the war, he put the negatives of his own photos in a trunk and locked it, emotionally unable to look at them.

オダネル氏はまた広島や通常兵器を受けた諸都市も訪問した。彼は二つのカメラを持っていた。その一つで従軍用の写真を撮り、もう一方で彼自身のための写真を撮った。戦後彼は帰国し、その写真のネガをトランクに詰め封印した。感情的に見ることができないからだった。

When he finally could, nearly a half-century later, he was so repulsed that he threw himself into protesting nuclear arms. In 1995, he published in Japan a book of many of those photos, and, a decade later, another in the United States. He lectured and exhibited in both countries.

約半世紀して、それを見られるようになったとき、彼は打ちのめされ、核兵器反対運動に身を投じる。1995年、彼は日本で多くの関連写真を出版し、10年後に米国で出版した。彼は両国で講演と展示会を行った。

 (記事はこの後、スミソニアン航空宇宙博物館の展示問題にふれている。彼は、原爆は「しかたがなかった」とするスミソニアンの展示趣旨を受け入れることができなかった)

The photographs were stricken from curators' plans, as were other features that offended veterans. In an interview that year with National Public Radio, Mr. O’Donnell contended that, given what he had seen immediately after the war, Japan could have been defeated with conventional arms, and without the hundreds of thousands of American casualties that an invasion of the Japanese home islands had been expected to entail.

退役軍人の怒りを買った他の展示と同様、その写真はキュレーターの企画から削除された。この年の国営ラジオNPRのインタビューでオダネル氏は議論を投げかけた。彼が戦後すぐに見たものからすれば、日本は通常兵器で敗戦に追い込むことができた。しかも、本土上陸による十万人規模の犠牲者を要せずとも可能だった。

 トランクの中の日本―米従軍カメラマンの非公式記録


  長崎忌曇るめがねを拭いてをり



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