2016. 12. 28  


安倍首相、オバマ大統領が真珠湾でスピーチ。これで戦後がまた一つ終わった。レフトウィングの日米歴史学者による公開質問状は例によって糾弾調だし、中国も「ショー」と批判しているが、これで良いではないですか。ここまで来るのに75年もの歳月を要した歴史的事実は重いし、その歴史に翻弄された多くの人々も、残念ながら今はもうこの世にいない。広島・長崎に原爆実験をしたハリー・トルーマン以外はみんな天国にいる。仏教では死ねばみんな仏になるから、トルーマンだって仏になって天国にいるのかもしれない。

オバマはスピーチの名手で、自分で原稿を書くことは有名だが、今回、安倍首相の原稿を書いたスピーチライターは、英語に訳されたときのニュアンスも考慮している点で秀逸である。

「The power of reconciliation、和解の力です」、この部分、わざわざ英語を先に言って日本語で言い直している。これは意図的だ。首相のスピーチが英語に訳されたとき、和解は「settlement」と訳される可能性もあるのだが、これだと「決着」という意味が前面に出るのでマズイ。だったら謝罪の言葉も言うべきじゃないかと(ロジカルシンキングが蔓延るアメリカゆえ)からむヤツは当然に出て来る。何しろアメリカ人はくどいのだ。ところが、「reconciliation」であれば「仲直り」という意味ゆえ、「不戦の誓い」にすんなりとつながっていくわけで、誰が書いたか分からないが、こういう知恵者が日本政府の関係者にいることを頼もしく思う。

今朝、真珠湾からの中継を観ていて、ハワイにいたときに親しくしていた日系二世のおじいちゃん、おばあちゃんたちのことを思い出していた。彼らもまた、この歴史に翻弄された人々だった。その中のお一人、アン永田さんというおばあちゃんご一家のことは忘れられない。

永田さんのご両親は広島県庄原市のご出身。結婚と同時に永田家の夫婦養子になるが、養父母を支えるために夫婦でハワイ移民となり、炎天下のさとうきび畑で働いた明治の苦労人である。やがて長女と長男が生まれるが、庄原の養父母が寂しがるので、この二人は日本に戻され、祖父母の元で育った。その後、永田夫妻は二男、三女に恵まれ、末娘がアン永田さん。大正12年生まれ。節分に生まれたのでミドルネームは節子。両親は終生、アンではなく「せっちゃん」と呼んでいたという。

せっちゃん18歳の12月7日、真珠湾の悲劇は起こる。当時、ハワイの永田家は真珠湾が一望できるリリハの丘に住んでいた。そのとき、せっちゃんは家族の洗濯物を庭先で干していたのだった。ところが、日曜日は演習が休みのはずなのに、真珠湾上空を軍用機が飛んで爆撃している。何かへん。そう思ったせっちゃんは、「お父さん、お父さん、大変!」と叫んだ。

家から飛び出して来た父親はその爆撃を見て、「あれは日本のゼロ戦だ。とうとう、戦争になってしまった」とガックリ肩を落としたという。この父は若き日、日露戦争に従軍。旅順・二百三高地を戦った人でもあった。養父母と二人のわが子は日本にいる。その望郷の祖国と、生きるために移住してきた国が戦争をはじめてしまった。

米本土の日系人は収容所に隔離されてしまったが、ハワイは日系人を収容してしまうと社会が成り立たなくなる。そのため、日系人のリーダー格のみサンドアイランドの収容所に隔離され、一般の日系人はそのまま市井での生活を続けた。と書けば簡単なことだが、そのときの日系社会の混乱、彼らに向けられた白い眼は筆舌に尽くしがたい。せっちゃんは、「石を投げられて、つらかった」と。

そこで立ち上がったのが日系二世の若者だった。「私たちはアメリカに生まれ、アメリカで育った正真正銘のアメリカ人だ。私たちも母国アメリカのために戦おうではないか」。そして米軍史上最強と言われる日系人442部隊が結成される。せっちゃんのお兄さん(三男のジョージさん)も志願するが、お母さんは「祖国に弓を引くのか」と泣いて止めたという。そのジョージさんはイタリアで戦死している。そして、広島に預けられた長男の昇さんも日本陸軍に召集され沖縄で戦死していた。

「そのとき、お父さんはどうしていらっしゃったのですか?」、畳みかける私にせっちゃんはひと言、「父は何も言いませんでした」と。昔の男はみんなそうだった。喜びも悲しみも、怒りも嘆きも、すべて自分の胸中に仕舞ってじっと耐える。私の父にもそうしたところがあるから分かる。

せっちゃんの戦後は独身のままだったが、働き者の彼女は仕事で成功していた。そして、広島のお姉さんの息子・正夫さんをハワイに呼び寄せ、ハワイ大学の大学院まで行かせ、沖縄で戦死した昇さんの忘れ形見、照子さんもハワイに呼び寄せ、一人前の美容師にした。この二人の孫に看取られながら、移民一世の永田夫妻は昭和40年代初頭に亡くなっている。5年前にせっちゃんも亡くなってしまったが、正夫さん、照子さんには今も親しくしていただいている。

永田家のご両親は浄土真宗の安芸門徒であり、せっちゃんの寝室にはお仏壇に四つのお位牌が並んでいた。それはご両親と長男の昇さん、三男のジョージさんのものであった。父親は日本人として二百三高地を戦い、長男も日本人として沖縄戦を戦った。そして、三男はアメリカ人としてイタリア戦を戦ったが、親子4人はお位牌となって仲良く並んでいた。

その寝室には、昭和天皇と香淳皇后の御真影も飾られていた。ご両親が終生大切にされていたのだそうだ。「戦争中もね、飾ってありました」と苦笑するせっちゃん。いまどき、日本の家にも飾られていない先帝の御真影が、ホノルル、日系人の家に飾られている。そこに日系先達のひとかたならぬ望郷の念が垣間見えて、私は泣かずにいられなかった。

永田家のお墓はヌウアヌの丘にあるが、それは日本の方角を向いて建てられている。

   赤とんぼ移民の墓は祖国向き





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