2012. 09. 29  



読売新聞が徹底して小沢一郎を叩くように、朝日新聞はこれでもかと、安倍晋三を叩きます。
ご存知のように、この二大新聞の政治的立ち位置の違いが、ここに現われているわけです。

読売新聞の社主にして日本テレビの生みの親であった正力松太郎が、
「ボダム」というCIAのコードネームを持っていたことは有名ですから、
アメリカが読売新聞を用いて日本国民をプロパガンダして来たことは容易に想像がつきます。

小沢一郎は田中角栄の秘蔵っ子といわれた人物ですが、
親分が中国に接近し過ぎて、アメリカからロッキード事件の罠を仕掛けられますと、
びびりまくって、80年代はアメリカの言いなりになっていました。

しかし、壊し屋になった頃から、再び、反米親中のスタンスを明確にしていきます。
民主党が政権を獲得すると、中国に大議員団を派遣したり、普天間問題でアメリカを刺激したりして、
親中、親韓といった、アジア重視政策を取り、アメリカあたりから陸山会事件をぶつけられるわけです。

今回の総裁選で、読売新聞は安倍晋三ではなく、明らかに石原伸晃に肩入れしていましたが、
アメリカのジャパンハンドラーにとって、石原伸晃はコントロールしやすい人物と映ったのでしょう。
ところが、総裁選の過程で石原伸晃はおもしろいようにボロを出し自滅してゆきました。

彼の失言が、読売新聞と敵対する「テレビ朝日」のニュース番組だったところが意味深ですが、
それは深読みのし過ぎで、元々彼の資質に問題があったのでしょう。

一方、朝日新聞は、長らく旧社会党を支持し、自民党に否定的な新聞社でした。
かつての社会党は、現在「民主党」と看板を架け替えていますので、民主党には好意的です。

左翼思想がインテリの証しと言われた時代、朝日新聞はインテリの読む新聞で、
私が中学生の頃に、ある教師が我々生徒に、家で取っている新聞名を聞き、
朝日新聞と応える生徒がいると満足そうな顔をし、地元紙と応えると無視するのです(笑)
わが家は当時も今も地元紙ですが、思えば偏った教師が随分といたものだと思います。

朝日新聞にとって、平和憲法は絶対の善であり、社会主義は理想でした。
彼らにとって、日本は非武装中立から社会主義に向かって「進歩」することになっていたのでしょうが、
その後、彼らの嫌悪する資本主義がめざましい発展を実現する一方、
社会主義は挫折し、冷戦の終了でその勝敗は明らかになったわけです。

そして、この新聞社の偏り過ぎた自虐史観に基づいた報道が、
現在、中国や韓国から求められる執拗なまでの謝罪の発端となっているのです。

日本軍に強制連行されたとする慰安婦問題の報道について、
実はでっちあげの事実が判明しているにも関わらず、一切謝罪しないその姿勢、
あるいは、当初は中国がまったく問題視していなかった「靖国参拝」を、
あえて問題視させるべく中国に働きかけたりする異常なまでの自虐史観を思うとき、

戦後レジームを否定し、憲法改正を唱える安倍晋三を叩くのは社是となっているのでしょう。

かように、日本を代表する二大新聞社の報道は、時にバランスを欠きます。
ことに政治報道には明らかな偏りがあることが判ります。

テレビ報道も新聞社とは一枚岩となっていますので、鵜呑みにできない内容が多く、
ことにテレビの場合は視聴率競争もあってか、恐怖心をあおるような報道が目に付くのです。

ゆがめられた報道に惑わされないように、我々も冷静な目を持つことが必要でしょう。

さて、やがて野田政権から安倍政権へ移行していくわけですが、
好むと好まざるとにかかわらず、これで原発は再稼動に向けてハンドルがきられるでしょうし、
防災をうたい文句に土建屋経済が久々に復活するのでしょう。

尖閣問題は、民主党の野田首相が思いがけない強気で、これには驚かされましたが、
背後に、アメリカのジャパン・ハンドラーの意向でもあるのでしょうか?

外交・軍事について、安倍・石破路線はほとんど問題ないと考えます。

ただ、安倍政権が長期になることはなく、せいぜい2年弱といったところでしょう。
ここから2年、世界は激動の時期を迎えるはずです。
誰が舵取りをしても、苦労の多い2年です。




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2012. 09. 27  



一昨日のこと、ブログを書き終え、アップする操作で、またしても記事が消えてしまうという災難が!
たんねんに作ったお料理を、皿ごと床にぶちまけてしまったような寂寥感にも似て、
何も考えずお布団へ直行。朝になって、窓も閉めずに寝ていたことに気づきました(笑)

さて、昨日(26日)、安倍普三氏が自民党総裁に選ばれました。
次の衆院選で第一党となる可能性の高い自民党ですから、次期首相と言っても良いのでしょう。

自民党は、親米政治家と、親米のふりをした反米政治家が同居する不思議で複雑な政党です。

それには、アメリカの力を巧みに利用しながらも、日本の独立性を模索した吉田茂の自由党と、
鳩山一郎や、CIAの犬ともいわれる岸信介といったアメリカ寄りの民主党が、
1955年、社会党に対抗するために、合体して出来た政党であるという成り立ちにあります。

この党内対立構造は、現在の自民党にまで引き継がれており、大別すれば、
吉田茂の意思を継ぐ、反米(保守本流・ハト派)の「田中派(佐藤派)」と「池田派(佐藤派)」、
鳩山一郎、岸信介の民主党の流れを継ぐ、親米(保守傍流・タカ派)の「福田派」と「中曽根派」、
そして、特異な立ち位置にあった「三木派」に大別出来ます。

これらの「親米」と「反米」の派閥が牽制し合いながら、アメリカに寄ったり、適当に距離を置いたり、
あるいは中道派が間を繋いだりしながら、自民党は政権を維持して来ました。
そうした意味では、自民党の政治は複雑でした。

中曽根康弘、小泉純一郎といった「親米派」に長期政権が多いのは、
アメリカがこれらの政権を陰から支えていたことは明らかで(そのときアメリカは必ず共和党政権)
親米派には、日本の国益よりも、アメリカの国益を優先するようなきらいがあります。
そして、決まって、これらの政権は中国とはガタガタ揉めます。

一方、「反米派」が政権を取り、アメリカが「民主党」政権になると、
日米双方が、自国の国益を優先しますので、決まったように、日米経済摩擦が起こります。
そして、中国との関係は比較的良好ですが、この距離を縮めすぎますと、
田中角栄のようにアメリカからロッキード事件のごとき矢を放たれます。

そして、今回、総裁に返り咲いた安倍普三は、岸信介の孫ですから「親米派」です。


過去の首相を「親米」と「反米」に大別すると、下記のようになります。


吉田 茂  2616日 自由党 反米 - トルーマン(民主党)アイゼンハワー(共和党)
鳩山一郎   745日 民主党 親米 - アイゼンハワー(共和党)
石橋湛山   65日 自由党 反米 - アイゼンハワー(共和党)
岸 信介  1242日 民主党 親米 - アイゼンハワー(共和党)
池田勇人  1575日 池田派 反米 - ケネディ(民主党)
佐藤栄作  2798日 佐藤派 反米 - ジョンソン(民主党)ニクソン(共和党)
田中角栄   882日  田中派 反米 - ニクソン(共和党)
三木武夫   747日  三木派 中間 - フォード(共和党)
福田赳夫   714日  福田派 親米 - カーター(民主党)
大平正芳   555日  池田派 反米 - カーター(民主党)
鈴木善幸   864日  池田派 反米 - レーガン(共和党)
中曽根康弘 1806日 中曽根派 親米 - レーガン(共和党)
竹下 登   576日  田中派 反米 - レーガン(共和党)
宇野宗佑   69日 中曽根派 親米 - ブッシュ父(共和党)
海部俊樹   818日  三木派 中間 - ブッシュ父(共和党)
宮沢喜一   644日  池田派 反米 - ブッシュ父(共和党)
(河野洋平)
橋本龍太郎  932日  田中派 反米 - クリントン(民主党)
小渕敬三   616日  田中派 反米 - クリントン(民主党)
森 喜朗   387日  福田派 親米 - クリントン(民主党)
小泉純一郎 1980日  福田派 親米 - ブッシュ倅(共和党)
安倍普三   366日  福田派 親米 - ブッシュ倅(共和党)
福田康夫   365日  福田派 親米 - ブッシュ倅(共和党)
麻生太郎   358日  池田派 反米 - ブッシュ倅(共和党)
(谷垣禎一)       池田派 反米 - オバマ(民主党)





2012. 09. 24  


暑さ寒さも彼岸まで、とはよくも言ったもので、
22日(土)秋分の早朝は気温がグッと下がり、季節の確かな変化を感じさせられました。

秋分は昼と夜の長さが同じ日で、それは23日(日)、24日(月)と三日間続き、
25日(火)からは確実に夜が長くなっていきます。

「秋の陽はつるべ落とし」とも言われますが、あっという間に陽が暮れてゆくもので、
この季節は、どことなく心寂しいものです。

9月という月を考えましたとき、この秋分を境に後半戦に入っていきます。
世の中も、みなさま個人の運勢も、月の前半と後半では変わり、
ここからは大きなうねりとなって、30日(日)の満月へと向かっていきます。

先週末、季節は確実に変わりました。
それに合わせて、人もまた変わります。

今週は「変化」ということをテーマに据えて、一週間を生きてみたいものです。


  シネマ観て釣瓶落としの世に雑(ま)じる


9月24日(月) 午前10時~正午  午後2時~午後11時  

9月25日(火) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月26日(水) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月27日(木) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月28日(金) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月29日(土) 午後7時~午後11時

9月30日(日) 午前10時~午後5時



過去に一度でも私の鑑定を受けたことがある方々は、
手元に資料(生年月日や鑑定の内容を記したもの)がありますので、
メールで鑑定日時をお申込みいただかなくてもかまいません。

寄せられる相談事の70%は「すぐ、回答が欲しい」ものばかりです。
私が電話に出ないときは、他の電話に出ている、対面鑑定の最中、のいずれかです。

大変ありがたいことに私を気遣ってくださる方が多く、
「今日、電話してもいいですか?」と丁寧にメールをくださる方が非常に多いのですが、
そういうときは、思い切って電話を入れてみてください。

悩み事が解決してゆく過程で、物事は必ず変化していきますから、
「状況が変わってきたのですが、どう対処したらいいですか?」ということが往々にしてあります。
ここが解決のポイントで、変化のときに判断を誤らないことが重要なのです。

そういうときは、「れいらんさんは忙しいんじゃないか?」と気遣う必要はありません。
すぐ話してくださると、こちらも、より良い解決法が見つけやすいのです。

ただし、急がない場合であれば、事前にメールにて日時を申し込まれる方が、
確実に時間をお取りすることが可能です。

はじめての方は、事前に日時をお申込みいただいての相談となります。
カテゴリ「鑑定の申込み方法」をご参照ください。




2012. 09. 23  



わが子というものを持たずに、この年まで生きて来ましたが、実は子供が大好きです。

近所にある保育園のおちびちゃんたちのお散歩に出くわしたときは、
それだけで、なにか福を貰ったような気分になります。

先日、「ホルスタイン柄」の白黒ぶち模様のスパッツをはいて歩いていたところで、この園児たちと遭遇。

「あ、牛さん!」と一人の男の子が声をあげると、他のおちびちゃんたちも追随し、

「牛さん!牛さん!」と「う」にアクセントをつけて、連呼するのですね。

まさか、バディ全体のことを指しているのでは、、、と一瞬、疑心暗鬼を生じた私ですが、
人差し指をツノにして、「モおぉぉぉ~」と闘牛よろしく迫っていきましたら、大うけしました。

幸せな一日でした。

皮肉なもので、子供好きな人ほど、実は子供のいない人生だったりするのですが、
幸いなことに、私には息子もどき、娘もどきがたくさんおりまして、
そんな子たちが、メールや電話をしばしばくれるのです。

そのうちのひとり、ブランドンくんからのメールです。

(掲載は、本人の許可を取ってあります)


れいらんお母さん

ブログを読んでいて、びっくりしました。

5月にヘビを見た人。
ここにいます(笑)
僕で~す。

5月13日日曜日、自宅から東南にある、船原峠付近(注:伊豆)の温泉の半露天風呂に入っている時に、
外の川の流れを眺めていたら、岩場にヘビがいたんですよ!!!
白っぽいヘビです。
その時は、ぞっとしてしまい、「こっちへ、来るなよ~」って思ってたんですが、良いことだったんですね。



「湯治湯 ほたる」

5月は新たな出会いを求めて、積極的に動いて、ヘビとの出会いだけでなく(笑)、
素敵な人達と話せたので、なかなか良い一か月でした。

それから、お母さんがよく書かれている、建物の話。
読むたびに、僕の中では、フジテレビが思い浮かびます。
今、午後のワイドショーが視聴率1%みたいです(ネットのスポーツ紙情報)。
見たこと無いので、どこまでつまらないのか分かりませんが、
近年のフジテレビの落ちっぷりは、やっぱり建物や土地(埋立地)の影響ですかね!?
個人的には、番組MCの住吉美紀さんの口角の下がり方が気になりますが・・・。
(今、住吉さんの名前を検索したら、「住吉美紀 口角」って言うのが出てきました(笑)
みんな気になっているんですね。)

これからも、ブログ、楽しみにしています。

息子・ブランドン



私は、このメールを頂戴した後、思わずブランドンくんに電話してしまったのです。

「偶然にヘビを見かける、しかも五月に。これは何かの兆しを教えてくれているのよ。
ひょっとしたら、ジャンボ宝くじが当るかもしれないから、買っておきなさいね」

「僕、めったにヘビなんか見ないんですが、何年か前に山梨で黒いヘビを見て、
その直後に、今の仕事が決まったんです。ですから、ヘビが兆しを教えているのって、
なんか、本当だと思うな。れいらんさんは五月にヘビを見ましたか?」

「5月はインターネットでヘビの写真を見まくりましたけど(笑) 御利益はないと思うわ」

この露天風呂の中にお地蔵さんが三体、祭られていたそうです。

古代信仰では、ヘビは山を守る山の神とされ、
福徳を司る神である弁財天の使いがヘビであったりするのですが、
理論的には、ヘビと金運の因果関係は、三合である「巳酉丑(みとりうし)」から来ています。


ブランドンくんもご指摘のように、フジテレビの建物、これには困りましたね。
建物の中心が空洞ですし、しかも埋立地に建っているわけで、凶意のダブルパンチです。

海を埋め立てた場所というのは、繁栄しません。
ビジネスしかり、住まいとしても適当ではないです。

沼を埋め立てた土地もよくありませんが、水田は問題がありません。

思えば、河田町からお台場に移ってから、ライブドア・ショックもありましたし、
この建物にいる間は、少しずつ衰退してゆくのでしょう。

私は「鉄腕アトム」と「ジャングル大帝」を観て育った世代ですが、
この二つはフジテレビで製作されたものだったのですね。

余談ですが、「水道橋博士」が「お茶ノ水博士」の模倣だということに昨年やっと気づきました。
ちょっと、遅すぎますね(笑)


母もどきとしては、ブランドンくんにジャンボ宝くじが当ることを祈っております。




2012. 09. 21  


ブログの更新がなかなか出来ず、申し訳ございませんでした。
「体調を崩していらっしゃるのではないかと心配しています」とのメールも頂戴しました。
ありがとうございます。

12日頃から、十数名のお客さまに同時多発的に緊急問題が発生し、
その解決に向けて専心しておりましたが、ようやく皆々様の諸問題に解決の糸口が見えて来ました。

中国における反日デモと時を同じくして、国内では殺人事件が相次ぎましたが、
世の中が騒がしいときには、私たち個人の身の上にもさまざまな問題が勃発するものです。
それは多分に、目には見えない電磁波のパワーに私たちも大きな影響を受けているせいです。

このブログで、「13日前後から地震や台風に注意」の警告を発信しましたが、
それと同時に、十数名のお客さまに緊急問題が発生したのは、
天変地異も私たちの個人的な問題も、影響を与えるものが同根であることを如実に示しています。

今回、緊急問題が発生された方々は、根本に方位の問題を抱えておられます。
過去の転居に問題があるために、気が荒れると、問題がボンと出て来るわけです。
ですから、いずれ、方位を取り直す(転居または方違への)必要性があります。

また、お一人の方は良い方位へ転居されたのですが、
過去の方災を断ち切るには、先ずは過去の膿(うみ)が出て来ますので、揺さぶりをかけられます。
ここを乗り切りますと、良いことが少しずつ出て来て、それが大きなうねりとなっていきます。

今日も数名の方と解決策に向けたお話をしていて、ついでに「方違へ」を奨めていたのですが、
これを実行するとしないとでは、今後の人生に大きな差が出てまいります。

この広い地球で、たまたま何かしらのお導きがあって御縁が出来たお客さまであると考えますと、
何とかして、お一人お一人の運勢を好転させてゆかねばならぬと、思いを新たにするのです。

さて、尖閣諸島がきな臭くなってまいりましたが、
あるお客さまから、「日中に衝突はあるのでしょうか?」というメールを頂戴しました。


中国軍艦が尖閣に接近、日本海自も付近へ移動

SEPTEMBER 21, 2012 07:47

日本と中国が尖閣諸島(中国名・釣魚島)に軍艦を派遣するなど、軍事的緊張が高まる一方、交渉と対話も同時に模索しており、「ツートラック」戦略を駆使する動きを見せている。


日本のフジテレビは20日、政府筋の話として、尖閣諸島の北西150キロメートルの海上に中国の軍艦2隻が現れたと報じた。中国の軍艦が尖閣一帯に接近したのは初めて。中国は19日、尖閣海域に海洋監視船と漁業指導船16隻を派遣し、今後常時配備する考えだ。


日本も18日から尖閣海域に40ミリ機関砲を装着した1000トン級の「あそ」をはじめ、50隻の巡視船を集中配備し、海上自衛隊も付近に移動させた。現在、尖閣周辺の半径111キロメートル内には23隻、235キロメートル内には約700隻の中国漁船が操業している。このため、取り締まりによって偶発的な衝突が発生する可能性もある。


読売新聞は20日付で、「中国の7軍区のうち5軍区が、戦闘準備態勢3級(総4級)に突入したと伝えた。1級戦争準備態勢は戦争投入直前に発令され、3級は将兵の休暇と外出禁止、装備の監査などの段階だ。


日本政府は、中国人の反日デモで受けた財産被害に対して賠償を請求する方針だ。日本の野田佳彦首相は19日、テレビ朝日に出演し、「尖閣国有化の意図を説明するために中国に特使を送ることを検討している」と明らかにした。中国外務省の洪磊報道官は20日、「日本との対話を続けつつ、釣魚島に対する断固たる中国の立場を伝える」と明らかにした。


占ってみますと、現状は「攻めの守り」と出ます。
つまり、日中双方ともに自国の主張を守るための行為が尖閣周辺の海上で行われているわけですが、
今後、戦闘に発展するかと言えば「声あって形なし」戦闘は起こらないと出ます。

カート・キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)が20日、
上院外交委小委員会の公聴会で証言し、尖閣諸島について、
「日本の施政下にあり、明らかに(米国の日本防衛義務を定めた)日米安保条約5条の適用範囲だ」
とのアメリカ政府の立場を改めて示しました。

これは、事実上の中国へ対するアメリカのブラフ(脅し)であろうと思います。
尖閣問題とは、突き詰めれば「日米中の三大大国の問題」でもあります。

ユーラシア大陸東端に蓋をするように位置する日本列島は、ランドパワーに対するシーパワーの拠点です。
アメリカにとって、日本は地球の半分を担う戦略的根拠地なのです。

それは米軍が日本の米軍基地に置いている機能を見れば判ります。
太平洋からインド洋にかけて、他のアメリカとの同盟国は、日本と同じ役割を担えないからです。

太平洋は日本とアメリカが平和を保っていると言っても過言ではありません。

一方、中国が太平洋へ出るには、他国の海域を通過しなければ出ることさえ不可能です。
ゆえに、尖閣周辺はのどから手が出るほど欲しい海域であろうと思いますが、
アメリカが易々とそれを許すはずがありません。

パネッタ米国防長官の、「米中の強力な2国間関係」発言が議論を呼んでいますが、
日本の存在があるから出来る発言であることをを理解しなければなりません。

また、パネッタ米国防長官は19日に北京で会談した中国の習近平国家副主席について、
「わたしの印象では極めて健康で、精力的だ」と述べましたが、これはパネッタさんのリップサービス。

アメリカのCIA は、習近平の雲隠れの理由をすでに掴んでいるはずですし、
それはパネッタさんの耳にも届いているはずです。

二週間ぶりに現われた習近平の顔は、やつれていて、明らかに病み上がり。
印堂に蒙色も見られます。

そして、中国がひた隠す二週間あまりの闇から忽然と表舞台に登場した習近平が、
にわかに繰り出した対日強硬発言と闇との関係を、今後、注視してゆきたいものです。




2012. 09. 18  



今月は、「酉・七赤金星」の月で、兌宮が「亥・九紫暗剣殺」ですので、
金融問題のご相談や、金融トラブルにまつわる情報を多く耳にします。

昨日、長らくお付き合いさせていただいているWさんから電話を頂戴しました。

実は、Wさんのお兄さんは、経営されていた会社の資金繰りが苦しくなり、
今年の春頃、銀行からプレッシャーをかけられていました。

銀行の申し出は、同社の株式をすべて銀行傘下のファンドに無償譲渡しろというものでした。

このとき、妹のWさんが私に電話を架けて来て、
「兄は銀行の契約書に判子を捺そうとしていますが、捺していいんでしょうか?」と仰るので、

すぐ「ト占」で占うと、「捺してはいけない」と出るのです。

しかも、お兄さんは弁護士にも相談されたそうですが、弁護士もそれを奨めているというのです。
世の中には、クライアントの悩みに親身になって考えてくれない弁護士もいるものだと思いました。

私のような一介の占い師でも、多少経営のことが判れば、
民事再生を申したてるとか、株の譲渡時に対価として個人保証をはずしてもらうとか知恵を貸しますが、
この弁護士はそんな初歩的なアドバイスもしていないのでした。

結局、お兄さんはWさんの説得に耳を貸さず、銀行の契約書に判子を捺してしまったのです。

そのあと、この会社は事業再生ADRを申請して債務削減中だといいます。
銀行系ファンドにしてみれば、株式をタダで手に入れ、債務削減が進むのですから、
願ったりかなったりで、これは最高の投資といえるでしょう。

そして、お兄さんは今後個人保証を実行され、身ぐるみはがされてしまうのです。


今から17年前だったと記憶していますが、
Wさんのご実家が、自宅前の河川工事のために建物をセットバックしなければならなくなりました。

内装にお金をかけた家なので、取り壊さず、曳家(ひきや)で移動することになりましたが、
このとき私は、この家を売却して、新たに家を求めることを提案しました。

なぜなら、曳家(ひきや)には「五黄殺」の災いが起こるからです。

あの頃は、Wさんのお母さまも健在で、曳家(ひきや)の恐ろしさをご存知でした。

戦後まもなく、ご親戚で実際にあったことだそうですが、
空襲で焼け残った近所の家を買って、曳家(ひきや)で自分の敷地まで移動されたそうですが、
それから、そのご親戚には病人が次々出て、家が絶えてしまったそうです。

ところが、このお兄さんのお嫁さんが、どうしても転居することを嫌がるのです。
Wさんはすでに他家に嫁いでいる身ですし、お母さまの発言力も弱まっておられ、
結局、ご一家は曳家(ひきや)の家に住み続けることになりました。

ほどなくして、お母さまが亡くなられ、曳家(ひきや)の影響が出てしまったのですが、
その次に出たのは、お兄さんのお嫁さんでした。

持病の糖尿病がどんどん進み、人工透析がはじまり、今ではほとんど視力を失っておられます。
そのため、Wさんが毎日のように訪れては、面倒を看ているのですが、
この家もそろそろ人手に渡ることになります。

かつては裕福なお宅でしたから、わざわざ京都から職人を呼んで普請したという凝りようで、
職人がいなくなった今では、こういう家は二度と建てることが出来ないでしょう。

しかし、17年前にこの家を手放していたら、現在の悲劇は起こっていなかったはずです。
五黄殺の災いが、じわりじわりと、このご一家を蝕んでいったのでした。

よく私は冗談で、「五黄殺を侵すと、五黄(やくざ)に追っかけられるよ」と言うのですが、
今回の一件は、銀行にすっかりだまされてしまったわけで、
銀行とて、いざとなれば、やくざと一緒だなと思わされます。

救われるのは、1998年にお母さまが亡くなられたときに、
Wさんが、相続した預貯金と株券を換金して、金を買っておられたことです。
この頃は、金の価格がもっとも安い時でした。

Wさんが、わざわざハワイへ電話を寄越して、相続したものを何に預けたらよいかと仰るので、
「今は株高で、誰も金には目もくれないから、ここで買っておくと必ず上がりますよ」と話したのですが、
彼女はそれを実行しておられたのでした。

Wさんは五黄殺の恐ろしさを知っていましたから、
曳家に住み続けるお兄さん夫婦が、いつか、尾羽打ち枯らすときが来るだろうと予測して、
自分が相続した遺産に一切手をつけず、残しておいたのだそうです。

「母が生きていたら、母はどんなことをしてでも兄を助けたでしょうから、
母の残したもので兄夫婦が暮らせるならば、それでいいのです」

出来そうで、なかなか出来ないことです。

(この記事は、Wさんのご了承のもとに書かせていただいております)





2012. 09. 16  



今週は「地震注意週間」です。

どなたさまも防災意識を高めてお過ごしくださいますようお願いいたします。

みな無事でお彼岸を迎えられますように。


9月17日(月) 午前10時~正午  午後2時~午後11時  

9月18日(火) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月19日(水) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月20日(木) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月21日(金) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月22日(土) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月23日(日) 午前10時~午後5時



過去に一度でも私の鑑定を受けたことがある方々は、
手元に資料(生年月日や鑑定の内容を記したもの)がありますので、
メールで鑑定日時をお申込みいただかなくてもかまいません。

寄せられる相談事の70%は「すぐ、回答が欲しい」ものばかりです。
私が電話に出ないときは、他の電話に出ている、対面鑑定の最中、のいずれかです。

大変ありがたいことに私を気遣ってくださる方が多く、
「今日、電話してもいいですか?」と丁寧にメールをくださる方が非常に多いのですが、
そういうときは、思い切って電話を入れてみてください。

悩み事が解決してゆく過程で、物事は必ず変化していきますから、
「状況が変わってきたのですが、どう対処したらいいですか?」ということが往々にしてあります。
ここが解決のポイントで、変化のときに判断を誤らないことが重要なのです。

そういうときは、「れいらんさんは忙しいんじゃないか?」と気遣う必要はありません。
すぐ話してくださると、こちらも、より良い解決法が見つけやすいのです。

ただし、急がない場合であれば、事前にメールにて日時を申し込まれる方が、
確実に時間をお取りすることが可能です。

はじめての方は、事前に日時をお申込みいただいての相談となります。
カテゴリ「鑑定の申込み方法」をご参照ください。





2012. 09. 15  
中国危うい超大国中国危うい超大国
(2008/03/30)
スーザン L.シャーク

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尖閣諸島の国有化への対抗措置とみられる中国側の動きが拡大しています。

14日は尖閣沖の日本領海に過去最多の6隻の海洋監視船が侵入しました。
一方、中国国内では反日デモが過熱し、日本人が襲撃されるという事件も起こっています。
懸念されるのは、中国の日本企業と駐在員、そのご家族、留学生等にこれ以上被害が及ばないことです。

いったい、中国首脳部はこの状況に何を考え、いかに対応しようとしているのか?

スーザン・シャークの名著、「危うい超大国 中国」を読みますと、
中国首脳部の意外な素顔が浮かび上がって来ます。

1971年、ニクソン訪中に先だって、中国は15人のアメリカの大学院生を招くのですが、
スーザン・シャークはその一人に選ばれ、周恩来と親しく言葉をかわしたという女性です。

彼女はアメリカ国務省で長らく中国を担当し、
クリントン政権時代には国務次官補として東アジア政策を統括する立場にありました。

本書は、中国の表と裏に通じた著者が、外部からは伺い知れない中国における権力構造の内情を描いており、日中問題に関心のある人ならば、ご一読をお奨めします。

孫子はその兵法の中で、「敵を知らずんば百戦危うからず」と唱えましたが、
尖閣問題を上手に乗り切るためには、先ず、敵(中国首脳部)をよく知るべきでしょう。

私たちが中国政府から受ける印象といえば、その強気な対外姿勢がまず上げられるわけですが、
実は、国内の反発に対しては常に戦々恐々としておびえている、弱々しい政権であるということに驚きます。
これには私も目からウロコでしたが、なるほど、そういうわけだったかと膝を叩きたくなるのです。

中国の首脳部は、外交において少しでも弱気の姿勢を見せれば、
国内の不満が一気に政権に向かうのではないかという、恐怖心に取り憑かれてしまっているのです。

国内の反発におびえているからこそ、対外的には必要以上に強気な姿勢を示さなければならないわけで、
この点をよく理解しないと、中国の対外姿勢を正確に読み解くことは絶対にできないでしょう。

かつての毛沢東や周恩来、鄧小平といった巨人たちに比べ、江沢民も胡錦濤も自分にはカリスマがなく、
マルクス主義も権威を失った今、その支配力が極めて脆弱だということを自覚していると著者は言います。

彼らは、失業した労働者、搾取された農民、学生といった不満分子が、
ナショナリズムの力で一つの反体制勢力にまとまり、
全国的な抗議運動を展開するというシナリオをもっとも恐れているわけで、
現に1989年の天安門事件では共産党政権が壊滅寸前まで脅かされるわけです。

そして、この事件の悪夢に、現在の共産党政権指導部はうなされ続けているのだと著者は指摘します。

指導者としての己れの器に自信のない江沢民は、後ろ盾であった鄧小平の健康悪化後、
権威を高めようとしてナショナリズムと反日をあおり、一応の成功をおさめますが、
実はこうしたナショナリズムの利用は、自らを追いつめるものでもあったわけです。

反日デモは、いともたやすく、反政府デモに転化する可能性があります。
抗議行動に自由に参加することの味を覚えてしまった人々は、
遅かれ早かれ政治参加を求めてくるわけです。
江沢民のあおった反日ナショナリズムは、実は、中国共産党政権にとって両刃の剣でもありました。

江沢民時代の1995年から96年にかけて、日中関係は国交正常化以来最悪の状態に陥りました。
この時期、中国は核実験を行い、日本は中国への援助を打ち切って遺憾の意を表明します。
尖閣諸島の領有をめぐり日中関係は緊張し、橋本首相は靖国神社を参拝します。

江沢民と橋本龍太郎、大人げない二人の国家首脳によって繰り広げられた日中最悪の時代でした。

胡錦涛政権になると、江沢民時代にナショナリズムに目覚めた世論の機嫌をとりつつ、
そのナショナリズムが中国の国内動乱や、対外紛争につながることを防ぐという、
微妙な綱渡りが演じられるようになります。

胡錦涛は、複雑怪奇な日中関係を江沢民より上手に処理できることを、
国内にアピールしたいと考えているのだと、著者は指摘します。

しかし、対日関係を改善しようという趣旨の論文が、インターネット上で激しく批判されるのを見て、
胡錦涛と温家宝はためらってしまったのです。

それが如実に現われたのが、2005年4月の上海における反日デモです。
あのとき、党や政府の高官は誰一人としてデモを批判しようとはしませんでした。

中国の外相は日本の外務大臣に対して、「謝罪すべきは中国ではなく日本だ」とやり返したり、
その数日後、小泉・胡錦涛会談の後、記者会見で、「日本は真剣に反省するべき」と述べます。
さらに、呉副首相は訪日の際の小泉首相との会談をキャンセルして帰国し、中国国民から喝采されます。

江沢民によってあおらた反日世論は、もはや中国指導部にとっては、
どうしようもない程に熱を帯びてしまっていたのでした。

ある人民解放軍大佐は次のように述べているとのことです。

「外交部も党指導層も、日本に関する世論を変えて、歴史問題については忘れてしまいたいというのが本音だ。だが、それにはもう、遅すぎるのだ。まだ党が国内の情報の流れを完全に掌握していた十年前(注:1995年)なら、できたかもしれないが、今ではもう無理だ」

中国政府が日本から見ると極めて理不尽な対日姿勢を採り続ける理由は、
この大佐の言葉に凝縮されています。

振り返れば、毛沢東時代の共産党は、国民の反日感情を動員する必要などなく、
毛沢東主席と周恩来首相とのコンビは、日本と平和的で友好的な関係を結ぼうとしていました。

1972年の日中国交正常化の際にも、毛沢東と周恩来は、
日本に対して戦時賠償を求めないことを決めています。
1970年代から80年代を通じて、中国人は日本に対して良好なイメージを抱いていたようです。

そして、1982年には歴史教科書問題がありましたが、
鄧小平は中国世論の怒りに上手に蓋をすることができたのです。

1985年、中曽根首相の靖国参拝の際も、当時の中国首脳部は日中関係の大切さを自国民に訴え、
デモを沈静化させるだけの力を持っていました。

しかし、残念ながら江沢民にも胡錦涛にも、そうした力はありません。

そして、私たちは、中国が非常に脆弱で危険な国家であるということを認識すべきでしょう。

なぜなら、この国には選挙制度がないのです。
選挙があれば、政権に対する不満は、選挙の投票行動で吸収されるわけですが、
現在の中国において、政権に対する不満は大規模なデモという危険な形でしか表現することが出来ません。

中国の膨大な人口を考えれば、デモが全土に広がることに対する中国政府の恐怖が、
いかに大きなものであるかは容易に想像がつきます。

そうなったときに、人民解放軍が政権の味方につく保証はどこにもありません。
逆に、人民解放軍が共産党首脳部に対して銃口を向ける可能性だってあるわけです。

このように考えれば、尖閣問題における中国政府の強硬的な姿勢を理解することができます。
日本に対して、必要以上に強気な対外姿勢を示さなければ、
中国政権は国民の批判にさらされてしまうことになり、ひいては政権崩壊にさえつながってしまうわけです。

中国の外交当局も必要以上に日中関係をこじれさせたいと思っているわけではなく、
やむにやまれぬ国内事情があってのことなのです。

そうした中国の国内事情を本書から学びますと、
尖閣問題によって、現在の中国で繰り広げられていることが、また一つ、よく見えてくるのです。

 



2012. 09. 13  


年月同盤とは、暦の年盤と月盤が同じ月のことですが、来月(10月)がそれに当たります。

このブログでも何度か、年月同盤のときの転居や旅行は避けてくださいと申し上げておりますが、
過去に私の友人である真理子夫妻が、年月同盤の月に転勤になり大変な思いをしたことがありました。
真理子本人から記事掲載の許可を得ましたので、みなさんのご参考になればと書かせていただきます。

真理子のご主人は金融機関に勤めるサラリーマンでした。
出身大学は、誰もが「おお!」と感嘆する関西ではピカイチのK大学で、
よくもまあ、のん気者の真理ちゃんが、こんなエリートをつかまえたものだとみんなが驚いたのです。

ところが世の中には奇特な男性もいるもので、彼は真理ちゃんのボーっとしたところに癒されると言うのです。
確かに、駆け引きなど絶対に出来ないタイプで、素直な女性ではありました。
(こんなことを書くと、後で文句がきそうですけど)

のん気な真理ちゃんも二児の母となり、やがて旦那さんの転勤でタイのバンコクへ赴任しました。
このときは、可もなく不可もなくといった方位でしたので、順風満帆の生活ぶりでした。

彼らの滞在中に二度、タイを訪れました。
必要なものがあったら持っていくから何でも言ってとファックスしましたら(まだ、eメールのない時代)
さすが真理ちゃん、「めんつゆをたくさん!」とか送って寄越すのです。(笑)

「真理ちゃん、めんつゆは簡単に作れます。出汁になるものを持参して、そちらで指導します」と送ったら、
「おねがいします。うなぎの蒲焼が死ぬほど食べた~い」と来たので、
一ヶ月は持つというレトルトパックになったうなぎを探して持参しました。

行って驚いたのは、彼女たちの住む家の一階に専用の運転手(!)さんとメイドさんのご夫妻がいて、
真理ちゃんの生涯でただ一度の、お手伝いさんを使うという生活をしていたことでした。
このタイ人のご夫妻がいい方たちで、奥さんの作るタイ料理に、私はすっかりはまってしまいました。

パラダイスのようなタイ生活に終止符をうち、真理ちゃん一家が帰国したのは、1993年3月。
折りしも、この月は年月同盤でした。

こんなときに帰国して、真理ちゃんたち、大丈夫かしらと気にはなっていましたが、
6月下旬の、平日の午後、真理ちゃんから貰った電話にはビックリしました。

旦那さんが着ていった背広の上着もカバンも勤務先に置いたまま、自宅に戻って来たというのです。
たまたま、ズボンのポケットに小銭があったので、それで切符を買ったらしいのですが、
帰宅するなり、自分でお布団を敷いて、眠っているというのです。

「どうしよう?」と真理ちゃんが言うので、「すぐ勤務先の上司へ連絡して」とアドバイスし、
これは真理ちゃん一人の手に負えないと思い、私は彼らの住む社宅へ駆けつけました。

その夜、上司の方も駆けつけられ、
「帰国以来、忙しい部署にいたので疲労がたまっているのかもしれません」と仰ってくださり、
旦那さんは、しばらく休養することになりました。

それから、旦那さんは真理ちゃんに付き添われて某病院の心療内科を訪ね、入院を奨められました。
「ウツ病」という診断でした。

真理ちゃんには、「これは方位が原因だから、引越しすれば彼は元に戻るから大丈夫よ!」と励まし、
地方から旦那さんのご両親も心配して出て来られたので、

「たまたま、タイから日本へ戻って来たときが悪かったのです」と話しましたら、

「このままでは真理子さんや孫たちにも影響が出るでしょう。引越しして良くなるのでしたら、
頭金は私が出しますから、息子にマンションでも買わせましょう」と旦那さんのお父さまが仰いました。

日本からタイは「西南」ではなく「西」です。

これは私も実験していますし、親友ふふ子さんもタイへ行って来ましたが、
申年のふふ子さんが、月盤「申」の方位でタイへ行ってしまったために、
帰国してすぐ、体調を崩していました。

ところが、タイから日本の方位は、「東」ではなく「北東」になるのです。
真理ちゃん一家が帰国したときは、「年・子の一白水星、月・午の一白水星」でした。

午年の旦那さんに、いちばん最初に災いが出てしまったのですが、
「子」と「午」は水気と火気の反作用が強く出ますし、一白水星ですからウツ病となります。

その後、真理ちゃん一家は社宅を出て、良い方位へマンションを求め、転居しました。
家族全員みんなに良い方位とはならないので、旦那さんにいちばん良い方位で転居し、
真理ちゃんと息子たちは、夏休みを利用して「方違へ」しました。

それまでは、旦那さんも真理ちゃんも方位のことなど考えたこともなかったそうですが、
以来、家族旅行の度に、「どっちの方位がいい?」と訊いてきます。

真理ちゃん夫妻の計画では、2016年には旦那さんのご実家へ転居し、
祖父の代からの家業を継いで、そこを終の棲家とするそうです。




2012. 09. 13  



中国の副主席・習近平が、神隠しにでもあったように公の場から忽然と姿を消して今日で12日経ちます。

1日に中国共産党の中央党校の始業式に出席して以来、動向が不明になり、
5日のクリントン米国務長官との会見は、直前になって取りやめました。

中国政府は言論統制を強いていますので、今のところ真相は藪の中なのですが、
この秋には党大会で、胡錦濤主席から次期最高指導者を引き継ぐことが内定している人物だけに、
海外の報道には自殺説や暗殺説も飛び交っています。

かつてはトップ指導者の候補でもあった薄熙来が、重慶市トップの党委員会書記を解任され、
政治局員の職務を停止されたことで、すでに党首交代劇は揺らいでいるだけに、
共産党内部で猛烈な権力闘争が繰り広げられていることは事実でしょう。

ここへ来て中国が、日本の尖閣国有化に対して反日デモをあおっていることも不思議で、
これまでの流れでは、中国側は施設などを作らないという条件で国有化を黙認する方針だっただけに、
政変への関心に煙幕を張っているとしか思えません。

さまざまな憶測が流れる中、習近平の状況を占ってみますと、
アメリカにある中国語のニュース・ウエブサイト「博訊ネット」が伝える暗殺未遂説が、
信憑性が高いと思います。

「習近平、賀国強に「暗殺未遂説」 周永康が関与の噂も」

こういう情報もあるのですが、本当かしら?

「習近平氏、腫瘍摘出手術か=中国」



2012. 09. 11  


写真は、ありし日のワールド・トレード・センターです。

2001年9月11日、世界を震撼とさせた、あの衝撃的な事件から11年経ちました。

あのとき私はホノルルにいましたが、
ニューヨークから遠く離れたハワイでも、ベン・カエタノ知事が州兵を配置し、
「外へ出てはいけない!」と放送で呼びかけ、まるで戒厳令のごとき様相を呈していました。

わが家のすぐ近くに米軍の重要な建物がありましたが、
その周囲を自動小銃を抱えた兵士たちが取り巻くという物々しい警戒態勢でした。

それを見て、よせばいいのに好奇心100%の私は、デジカメで兵士たちをパシャパシャ撮っていたら、
その中の兵士が二人、ダーッと走って来て、有無も言わせず私のデジカメを取り上げ、
「撮るなぁぁぁ!」と叫んで、睨みつけるのです。

そして、兵士の自動小銃の砲口は私を向いているではありませんか。
これは謝らなければと思い、とっさに出て来た言葉が、、、日本語なんですね。

「ごめんなさい」ですと(笑)

アメリカ人の友人に、この話をしたら、ヒヒヒと笑われ、日本語で、
「アナータハ、バーカ」と言われてしまいました。

私の住むコンドミニアムには、一階のロビーに、
ジョン・レノンの「イマジン」の詩が貼り付けてありました。

アメリカ全体がナショナリズムに燃えて、「目には目を、歯には歯を」状態でしたが、
こういう冷静なアメリカ人もいました。


さて、この建物です。

このツインタワーは下でつながっていますので、一個の建物として見ますが、
いつも申し上げますように、建物でいちばん重要な中心が空洞になっているわけです。

こういう建物は発展性というものがありません。
ワールド・トレード・センターが2度もテロの標的となったのは、この建物自体にも問題がありました。

欧米人はシンメトリーを好みますので、ツインタワーの建造物があちこちにありますが、
最近は東京あたりでもツインタワーを見かけるようになりました。

わが家の近くにも、某病院、商業ビルと高層マンションのツインタワーなどあり、
現在も、警○病院跡地にツインタワーの建設が進められています。
こういうマンションは絶対に購入しませんように。





2012. 09. 10  


先日、「最高の開運法、転居と方違へ」という記事をアップしましたが、
なぜ、そうした方がいいのか、その理由や実行にあたっての注意事項を
ご教示くださいとのメールを頂戴しましたので、今日はそれについて書いてみます。

メールをくださったFさんは、先だって、私の電話鑑定を受けられた女性です。
その際に受けたご相談の中で、ご長男の体調がすぐれないということが大変気になりました。

占ってみますと、息子さんの健康も含めた運の状態は非常によくない、
このままにしておきますと、交通事故等が原因で傷害を持つようなこともあり得る、と出るのです。

加えて、鑑定盤には、方位を侵している人の特徴が見事に出ています。

Fさんに、「息子さんは、何時、どこから、どこへ、お引越しされましたか?」と尋ねたところ、
これが、年盤「未の六白金星の歳破」月盤「午の一白水星」の方位へ転居されていたのです。

息子さんを苦しめている原因のすべては、この「歳破」にあります。
これは、万人に影響を及ぼす「大凶方位」です。

「歳破」を判りやすく説明しますと、
強い力で太鼓を叩かれ、皮が破れてしまうために、気が散じてしまうような状況に追い込まれます。

多少、暦のことが判る方ですと理解出来ると思いますが、
太鼓は「西南に転居した」息子さん自身であり、強い力は「この年の十二支、太歳の丑」です。

歳破方位を侵しますと、最初は集中力が減退し、次第にそれがうつ状態を呈して来ます。
「うつ病」と診断される方の中には、この方位を侵している方が大変多いのです。

Fさんに、そのあたりを尋ねましたところ、
ある日、息子さんが歩道橋を渡っていたとき、偶然にも飛び降り自殺を目撃してしまったそうです。
これは本当に気の毒なことで、大変なショックでしたでしょう。

こうした場面に遭遇する、しかも飛び降り自殺というのが「歳破」の特徴の一つでもあり、
これが一つのきっかけとなって、ジワジワと歳破の災いが出はじめるのです。

やはり息子さんは、この日を境に精神的にとても辛い思いをされたそうです。

すでに交通事故にも巻き込まれたそうですが、
このまま、今のところに住み続けますと、もっと大きな交通事故に遭遇します。

一度、こうした大凶方位へ転居しますと、どんどん凶のうず巻きの中へ入り込んでいきます。

持って生まれた運勢を観ますと、将来がとても楽しみな青年なのですが、
これでは、せっかくの運勢を生かせないままで人生が過ぎてしまうでしょう。

なんとかして凶のスパイラルを断ち切るためには、良い方位へ転居するしかありません。
開運グッズを買ったり、お札を家のあちこに貼っても、凶のスパイラルから脱することは不可能です。

どこかにアパートを借りて転居出来ればいいのですが、
Fさんのお宅は持ち家なので、そういうわけにもいきません。

ならば、彼のお姉さんが、ご自宅からみて「北」の方位へ住んでおられるので、
12月にいったんお姉さん宅へ転居して、2月早々に自宅へ戻ることを提案しました。

これは短期間の引越しで、「歳破」を断ち切る一つの方法です。
これを実行すれば、だんだんと体調の不具合も改善されていきますし、
交通事故の災いに怯えることもありません。

しかも、現在、彼が抱えている問題が、一つ一つクリアされていきます。
そして、持って生まれた強運を発揮出来るようにもなります。

そうしましたら、「北海道のスキー場でアルバイトを見つけてもいいですか」と来たのです。

なるほど、大学生ならばそういうやり方も可能なわけで、賢いなぁと感心させられたのですが、
この青年はとても頑張り屋さんで、自力で学費を稼ぎながら、大学で勉強されているのです。

アメリカには、奨学金を取って、生活費はアルバイトで稼いでいるという、
親から完全に自立した大学生がたくさんおりますが、

泥にまみれることなく、蒸留水ばかり飲んで育ったような大学生が目立つ現代の日本において、
この青年の経験は、同年代のお坊ちゃんたちを一歩も二歩もリードしているわけで、
こういう青年が社会に出たら、多少の困難は軽々と乗り越えていくでしょう。

実行にあたって注意することは、もしもスキー場へアルバイトに行くのでしたら、
東京からみて、北海道は「北」になるところと「北東」になるところがあります。
必ず、「北」の方位になることを、しっかり確かめてからアルバイト先を決めることです。

(方位の見方が判らなければ、電話をくだされば、すぐ調べてあげますから遠慮しないでくださいね)

そして、いったん北海道へ行ったら、そこに居続けてください。
仮転居の期間中、東京へ戻る用事が出来たら、すぐ日帰りで北海道へ戻ってください。

東京の自宅に戻って来る日を決めておきましたが、
その前に戻って来ることのないようにしましょう。

なぜ、「方違へ」しなければならないか、
それは、今後の人生を実り多きものにするためです。
そのためには、心身ともに健康でなければなりません。


たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生かさなかったら、
人間、生まれてきたかいがないじゃないか。   by 山本有三





2012. 09. 09  


このブログを読んでくださっているみなさまの中には、

「なぜ、このれいらんという人は、毎朝、近所の氏神さまにお参りしているのだろうか?」

「やたら、お香とか、おまじないとか言うけれど、そんなもの、効果があるの?」

そんなふうに疑問を感じておられる方も、いらっしゃると思います。
その回答になるような、実際にあったお話を、今日はご紹介いたします。


夕方のこと、明日の鑑定準備をしていますと、
長い付き合いをさせていただいているお客さま(藤岡さん)からお電話を頂戴しました。

藤岡さんには、昔から大事に思って来た神社がありました。
そこには、彼女のおばあさまが祭られているのです。

おばあさまは、地元では「神さま」と呼ばれた方でした。

本物の霊能をお持ちになった修験を積んだ方であり、
ご自宅には大きな祭壇があって、そこに何部屋も続く和室は百畳ほどあったそうです。

そして、祭られている神社には、おばあさま専用の祠があるのです。
今では辺鄙な地となってしまった場所に、この神社はひっそりとあるのですが、
歴史をひも解けば、そこはかつて北前船でにぎわった湊でありました。

私も藤岡ご夫妻と一緒に、この神社へ参ったことがあるのですが、
これだけの神社に、専用の祠を持って祭られている人とは、どれだけの人物であったかと、
その偉大さに思いを馳せずにはいられません。

藤岡さんは月に一度、この神社に出かけ、おばあさまの祠にお参りして来るのです。
彼女もまた専門職を持った大変忙しい人であるにもかかわらず、
自動車で片道2時間もかかる所へ毎月欠かさず行くのですから、これは立派です。

「この神社へ行く道は、冬になると吹雪がものすごいのです。
それが実に不思議なんですが、どんなに悪天候でも、私がこの神社に到着すると、
空から太陽の陽が差して、パーッと晴れ渡るのです」

「それは、貴女のおばあさまのお力です。可愛い孫の貴女が忙しい時間をやり繰りしてまで、
おばあさまの祠にお参りにゆく、、、どれだけ、おばあさまは喜んでおいででしょうか」

藤岡さんがここに参ると、他にも不思議なことがたくさん起こるのですが、
圧巻は、ご主人が思うところあって大学卒業後からずっと勤務して来た会社を退職した後、
なかなか気に入った仕事が見つからず、数年にわたり、悩んでおられたのです。

そのとき、彼女は思い切ってご主人を神社のお参りに誘ってみたのだそうですが、
ご主人と二人でお参りした直後、彼は天職ともいえる仕事に巡り会ったのです。

そして、今日、ご報告いただいたのは、三合の月であった8月、
7日は嫁ぎ先の藤岡家のお墓のお掃除にゆき、19日には、再度お墓参りに行ったそうです。
そして、31日には、おばあさまの祠にご主人と一緒にお参りに行ったのだそうです。

その翌9月1日、ご主人がニコニコ笑顔で、

「これは、いったい、どうしたことでしょう?」

と、ご実家から帰宅したのだそうです。

ご主人のお母さまが、ご自分の生命保険証書を渡したとのこと。

「これは、貴方を受取人にしてあるから、持っていなさい」と。

ご主人は、かつて、ご自身の天職に巡り会って以来、
藤岡さんとともに、毎月一緒に神社へお参りしているのです。

それからというもの、お母さまが預貯金の名義を彼に書き換えたりするようになったそうです。
このお母さまも、亡きお父さまも専門職に就いていた方ですから、ご実家は裕福です。

しかし、藤岡さんのご主人には金銭欲といったものが無く、実に淡々とした人なのです。

そして、ご主人には他にもご兄弟はいるのですが、
お母さまにやさしく、小まめに面倒を看るのは、藤岡さんのご主人だけなのです。

藤岡ご夫妻は、欲にかられて神社参りをしたり、お墓参りをしているわけではないのですが、
そうした邪心のないところがまた、良いのかもしれません。

私もまた、気がつけば、氏神さまに自分のことをお願いしたことがありません。
こうして命あって、仕事を持つ暮らしが出来て、これ以上何を望みましょう。

それよりも、今、病気に苦しんでいるあゆみさんや、
最近、私に出来た、まもなく20歳になる千葉の姪っ子もどきちゃんの未来や、
とにかく祈らなければならない人々が、たくさんいるのです。


実は、藤岡さんと私は、不思議な縁で結ばれていました。

昔々、私の自宅兼オフィスを藤岡さん母娘が訪れたことがありました。
そして、書庫にあった一冊の本に藤岡さんの実母が目を止めたのです。

その本は直木賞を受賞した実話に基づいた小説でしたが、
私の母方の実家が、その小説の舞台となっていました。

ところが、藤岡さんのお母さまが、
「私の祖母にあたる人は、ここの家の娘だった」と仰るのです。

ということは、藤岡さんと私は遠い先祖が一緒ということで、
こうしてお客さまと占い師として、出会うことの不思議に思いを馳せずにはいられません。





2012. 09. 09  



福岡伸一氏の著書、「動的平衡 ― 生命はなぜそこに宿るのか」に、

アフリカで絶滅寸前となった象の種族の最期の一頭となった母親象が、
ある岬の突端で沖合いに浮かんだ鯨と会話をしていたとありました。

  南アフリカのある地区のゾウが、乱獲のため母と子二頭に減り、最後に母親ゾウだけが残った。
  ワトソンはその姿を海に面した崖(がけ)の上に見つける。
  母親ゾウは近くの海面に浮かび上がったシロナガスクジラと、
  人の耳に聞こえない超低周波音で話し合っている。―― ワトソンはそう確信した。


この光景に、私はたまらなく惹きつけられました。

どんな会話をしていたのでしょう。
想像は限りなくふくらんでゆくのです。


さて、夜の鑑定依頼が増えてまいりましたので、今週から時間の変更をいたします。
最終の鑑定が「夜10時~」からでも可能となりました。 


9月10日(月) 午前10時~正午  午後2時~午後11時  

9月11日(火) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月12日(水) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月13日(木) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月14日(金) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月15日(土) 午前10時~正午  午後2時~午後11時

9月16日(日) 午前10時~午後5時



過去に一度でも私の鑑定を受けたことがある方々は、
手元に資料(生年月日や鑑定の内容を記したもの)がありますので、
メールで鑑定日時をお申込みいただかなくてもかまいません。

寄せられる相談事の70%は「すぐ、回答が欲しい」ものばかりです。
私が電話に出ないときは、他の電話に出ている、対面鑑定の最中、のいずれかです。

大変ありがたいことに私を気遣ってくださる方が多く、
「今日、電話してもいいですか?」と丁寧にメールをくださる方が非常に多いのですが、
そういうときは、思い切って電話を入れてみてください。

悩み事が解決してゆく過程で、物事は必ず変化していきますから、
「状況が変わってきたのですが、どう対処したらいいですか?」ということが往々にしてあります。
ここが解決のポイントで、変化のときに判断を誤らないことが重要なのです。

そういうときは、「れいらんさんは忙しいんじゃないか?」と気遣う必要はありません。
すぐ話してくださると、こちらも、より良い解決法が見つけやすいのです。

ただし、急がない場合であれば、事前にメールにて日時を申し込まれる方が、
確実に時間をお取りすることが可能です。

はじめての方は、事前に日時をお申込みいただいての相談となります。
カテゴリ「鑑定の申込み方法」をご参照ください。





2012. 09. 08  


東洋暦では、昨日(7日)より9月がスタートしましたが、
中国でM5.7(震度7)とM5.6(震度7)の地震が立て続けに発生してしまいました。

世界の地震マップを見ますと、この一週間、環太平洋で地震が集中しているのは、
中米コスタリカ付近と、東南アジアのフィリピン、インドネシア付近です。
「リアルタイム世界地震マップ」

日本は、今月中旬の13日前後から、地震、台風が多くなるでしょう。
13日(木)、16日(日)、19日(水)は、特に警戒してください。
気になる動きがあれば、随時、お知らせいたします。

社会的にも個人的に、今年の5月に新たに起こったことが、
今月は目立った動きとなって台頭して来ます。
手帳や日記を眺めて、5月にどんなことが起こったか検証してみるとよろしいでしょう。

このブログで、「5月はご縁をつくる月」と申し上げましたが、
営業等で種まきしたことが、大きな動きを見せて来ます。

よく、「5月にヘビを見ると、9月にお金が入って来る」と言われますが、
どなたか、5月に、ヘビに遭遇された方はおりますでしょうか?(笑)

9月24日からオータムジャンボ宝くじが発売されますので、
今回もまた「ジャンボ宝くじ当てよう会」で楽しく遊びましょう。

発売日近くなりましたら、「当るメール」をお送りいたします。
今回は、一等前後賞も含めて、3億9千万円だそうです。

当てたい方は、今から、「毎朝、トイレでお香を焚く」などして、
運を引き寄せる準備をしておくことです。

1月に受験される方にとって、9月は非常に大事な月となります。

受験のご相談をいただいた方々には、いくつか「おまじない」を授けてございますが、
9月に実行すべき大事な「おまじない」を忘れませんように。
これが、1月に生きてくるのです。

株式は、24日頃を境に前半軟調、選挙がらみで後半は上昇の相場となりますでしょう。

懸念されるのは、食物価格の高騰、中東の爆弾テロ、大地震です。

今月の個人的なお金の貸し借りは、後の遺恨となりますので、ご注意ください。


9月はあまり良い方位がないのですが、

北方位=辰、丑年生まれ

南方位=子、酉年生まれ

せいぜい、この程度なんです。






2012. 09. 06  


朝夕がわずかに涼しくなって、ふと秋の気配を感じると、心と身体が歓びます。
そして、過ぎた夏を懐かしく思うときが来ます。

温かい家庭や両親に守られ、無邪気に過ごした遠い昔の日々、
大人になった今ではもう得られない懐かしい日々への哀切。

いつの日か、この子たちにも、そんな思いを抱くときがやって来るのでしょう。
そのとき、いつも、鳥のから揚げを作ってくれた日本人のおばちゃんのことを思い出してくれるでしょうか。
この子たちは、それを「チキンナゲット」と呼んだけれど、、、。

しかし、同じ親から生まれた姉妹なのに、この体型の違い!


中皮腫(ガン)と闘うあゆみさんにも、二人のお嬢さんがいます。
私はあゆみさんが洩らした言葉をいつも反芻(はんすう)するのです。

「私はまだ死ねないのです。育て上げなければならない娘が二人います」

そう仰って、あゆみさんは、はらはらと涙を流しました。


忘れもしない、あれは2月21日の午後7時、
いつも元気で明るいケイトさんが、悄然とした声で電話をかけて来たのでした。

これは、何か起こったに違いないと、私はとっさに頭を切り替えました。

ケイトさんと同業で弟子筋にあたる方で、彼女が妹のように思って来たあゆみさんが、
原発不明のガンで余命一年の宣告を受けたというのです。

平野レミにお顔も雰囲気もよく似た、あのケイトさんが涙声で、

「あゆみはまだ45歳なんです。下の娘は小学校4年生、まだまだ母親が必要なんですよ。
れいらんさん、頼む!あゆみを生かしてやって!お願いだから、、、」

すぐ、鑑定盤を用意し、ト占(ぼくせん、現状と未来がどうなるか占う方法)で鑑定すると、
確かに病気はガンではあるが、この病院では問題解決出来ないと出るのです。
病院の方位をみると、「西南の月破」で、これでは死にに来たようなものです。

しかも、ダメというときには鑑定盤に「死のサイン」が出るのですが、それは出ていない。
ひょっとしたら、これは助けられるかもしれないが、、、
それには、この鑑定盤に「巳」か「寅」か「申」が出ていなければならない。

私は目をカッと見開き、「巳・寅・申、出て来い!」と、鑑定盤をにらみつけました。

そしたら、あったのですよ、「巳」が! 神はここにいる、、、 

「ケイトさん、あゆみさんのお宅から北東に良い病院はないかしら?」

「ある!そこには私が長く付き合っているベテラン看護師がいるから、転院を頼める!」

あゆみさんも、ご主人の晴彦さんも誠実なお人柄で、
どうしてこんなにも善人のご夫婦が苦しめられねばならぬのかと、歯噛みしたくなるのですが、
私の転院のアドバイスを、この観音さまのようなご夫妻は素直に受け入れてくれました。

そして、ケイトさんの友人である看護師さんが上手に根回しして下さり、
2月27日には転院し、すぐ検査がはじまりました。

方位の良い病院へ入ると、とんとん拍子に物事が運ぶものですし、正しい結果も出るのです。
あゆみさんは原発不明のガンではなく、中皮腫という特殊なガンであることが判明しました。

この病院はかつて国立の結核療養所だったところで、現在は胸部疾患の専門病院ですが、
それでも、中皮腫の女性患者ははじめてだそうです。

私はすぐ親友の白皙ドクター・ままひこさんへ連絡し、中皮腫のレクチャーを受けました。

中皮腫はアスベストが原因で発症するガンで、吸引してから30年ぐらい経過してから出て来ること。
胸水がたまっているのなら、胸膜の中皮から発生した腫瘍で、肺ガンとはまったく別のものであること。
病巣の進展により、外科療法、化学療法、放射線療法が取られるが、予後の難しいガンであること。

インターネットで調べてみますと、確かに1年生存率が50%、2年生存率が20%となっているのです。

3月から4月にかけて、胸膜を剥がす手術、肋骨を削る手術、幾度かの肺洗浄が行われました。

その間、ご主人の晴彦さんは主治医とさまざまなやり取りをする中で、
実は占いの先生に観てもらって、「この方位の病院へ」ということで、ここに転院したこと、
退院するときの方位が大事と言われていることなど、正直に話したそうです。

すると、先生は、「わかりました。その通りにしますので、何なりと言ってください」と仰り、
あゆみさんにも、「こうして欲しい、ということがあったら、遠慮しないで何でも言ってね」
そうやさしく言ってくださったそうです。

つまり、仮退院や本退院の日程を、私が暦を見ながら決められるのです。

これを主治医の先生に取り付けた晴彦さんは、満塁場外ホームランですよ!

それから、あゆみさんと晴彦さんは外泊や仮退院の日なども、細かく訊いてくるようになり、
ケイトさんも間に入ってくれて、私たち四人はタッグマッチで今日まで来ました。

現在、あゆみさんは二度目の化学療法を終えたところですが、
髪の毛が抜けるということもなく、食欲もあり、お顔の色つやなど、とてもガン患者とは思えません。
主治医も、まさにミラクルが起こっているとしか思えない状況に驚いているそうです。

そして、良い方位の病院に入ると、次の化学療法までの一時退院も、
不思議と良い方位になるのです。

今のあゆみさんの状況は、自宅から病院へ良い方位で引越して、
まるで良い方位へ旅するように、自宅へ時々戻っているという非常に好ましい状態です。

これで私が、本退院によって、病院から自宅へ引越しする時期さえミスしなければ、
二度も良い方位で転居するわけですから、
予後が難しいと言われる中皮腫でも、もう再発することはありません

だから、あゆみさん、もう安心していいのですよ。
私は絶対に貴女の命を守り抜きますからね。

そして、もしも、あのまま、前の病院にいたら、
あゆみさんは今頃、原発不明のガンという誤診で、末期患者になっていたと思います。

あゆみさんが中皮腫になったのは、
2005年12月に、「西北方位、戌の五黄殺」で転居したのが原因です。
七年目に出て来たのですね。

西北方位だから左肺がやられてしまったわけです。

また、その前に住んでいた彼女のご実家が増改築をしているのも大変気になります。
あゆみさんのお母さんも何度かガンの手術を繰返しているのです。

私たちは誰しもが、ガン予備軍であるわけですが、
これが発症するかしないかは、転居で五黄殺を侵したか否かということが分岐点となります。

自宅の増改築も大きな影響がありますので、注意しなければなりません。
特にお神楽(平屋に二階を作る、あるいは二階を増築すること)は避けてください。

また、私が過去に鑑定したケースでは、井戸を埋めた上に家を建てて住んでいた人や、
沼地を埋めた上に住んでいる人には、白血病が多いです。

五黄殺でなくても、本人の十二支と合致しない方位(刑、害の方位)や、
私が嫌う年月同盤で引っ越してガンになった人もおります。

来月(10月)は、その年月同盤ですから、どなたも引越しすることのないようにしてください。

私は毎朝、近所の氏神さまへ日参していますが、
先ず、あゆみさんのことを、神さまにお願いします。

それを神主さんのご母堂が、毎日のように見ておられたようで、
あるとき、「何か、願をかけねばならぬことが、おありでしょうか」と訊ねられました。

あゆみさんのことを包み隠さず話しますと、
「よござんす。私も毎日祈りましょう」と仰ってくださいました。
まことに有難いことでございます。

そして、神社までの道のり、毎朝、あゆみさんの言葉を反芻するのです。

「私はまだ死ねないのです。育て上げなければならない娘が二人います」



(同じ病気に苦しむ方たちのお役に立てればと、あゆみさんが、
この記事を掲載することを了承してくださいましたことを付記いたします)




2012. 09. 06  


太陽の黒点数が6日連続100を超えています。 「黒点情報」
太陽活動が活発になると地震が増えるのですが、
昨日は中米コスタリカでM7.6の地震が発生しました。(写真はコスタリカのセビーチェ、美味しいです!)

昨日の夕方、私のパソコンが突然調子が悪くなりました。
そして、電話の合間をぬってコツコツ書き進めていたブログの記事が消えてしまうという災難が!
椅子の上で、しばらくうずくまってしまいました。

みなさんのパソコンやスマートフォンは大丈夫だったでしょうか。
これも電磁波の影響なのでしょうね。

さて、「ロシア地震予測サイト」ですが、昨日は北海道に紫色のマークがついたので慌てましたが、
その後、青色マークに変更になりましたので、巨大地震にはならないのでしょう。
ところが、昨日から関東にも青色マークがついたのです。

ここ数日、フィリピンとインドネシアでM5 クラスの中規模地震が続いていたのですが、
昨日は台湾でM5.1、バヌアツでM5.9 が発生しました。

東洋暦では本日が8月の最終日で、明日から9月がはじまり、そこに月の最遠と五黄が重なり、
フォロスコープでは23:48に金星が獅子座に入りますので、
今日、明日は地震が起こりやすい状態と予想します。

依然として、警戒を怠りませんように。
心に準備があるのと無いのとでは、いざというときの対応に違いが出ますので。



今日は、もう一本、記事をアップ出来ると思います。




2012. 09. 05  


深夜に更新いたします。

5日(水)と6日(木)は地震が気になりますので、防災意識を高めて過ごしましょう。

「ロシア地震予測サイト」で、北海道南東沖(十勝沖)に大地震を示す紫マークがつきました。
北海道、東北、関東のみなさん、警戒してください。

五百年間隔地震でないことを祈ります。




2012. 09. 04  


いつの頃からか、私のパソコンに取り込まれていたこの写真は、
キューバの核ミサイル基地建設で、第三次世界大戦勃発か!と世界中が震撼とした1962年10月、
有史以来、「世界が核戦争に最も接近したとき」、大統領執務室で苦悩するケネディの背中です。

どれほどの苦悩であったろうと、この背中を見る度に思うのです。

そして、多くの方々の悩みに接するとき、ケネディのこの背中を思い出します。
ひとりひとりの悩みは、核のボタンを握っていたケネディの苦悩とスケールは違えど、
苦しみという点で変りはありません。

今、抱えている悩み苦しみには、必ずどこかに突破口があるものです。
良い「方位」を取りますと、必ずそれが見つかります。

たとえば、結婚相手を探したいと思ったら、
結婚相手が見つかる方位を取れば、必ず目の前に「相手」が現われて来ます。

商売をもっと繁盛させたいと思ったら、
商売繁盛の方位を取れば、目の前にお客さまが現われて来ます。

就職したいと思ったら、
就職出来る方位を取れば、仕事が決まります。

受験に合格したいと思ったら、
合格出来る方位を取れば、必ず合格するものです。

ただし、そうした「開運」出来る方位というものは、そんなに度々取れるものではありません。
気学のように九星のみみて方位を取る場合は、案外たくさんあるのですが、
気学を実践しても、なかなか問題が解決しないのは、方位の取り方に問題があるからです。

大事な時間やお金をかけて実践するわけですから、
確かな効果がなければ、お金をドブに捨てるようなものです。

開運法を実践するなら、確かな効果がなければ意味がありません。

私もさまざまな開運法を実験してまいりましたが、
現行で最も効果のある開運法は、自分の生年月日に最も適合する十二支を見つけ、
その十二支が回座した方位へ転居することです。


今までの人生、ツキからまったく見放されていたという方々も、
これが出来れば、一発逆転、出来ます。

しかし、もう自分の持ち家があって、転居が出来ないという方々には、

「方違へ(かたたがえ)」をお奨めします。

これは、最低でも一ヶ月、どこか他の所に寝場所を借りて、
そこから、「良い方位」で自宅に転居しなおす方法です。

先達には、「最低でも45日は仮住まいに寝泊りすべし」という教えがありましたが、
私が実際に実験してみて、一ヶ月ちょっとでも、きちんと転居になることを確かめてあります。

都市部ですと、今はマンスリーマンションやビジネスホテルを使って「方違へ」することが可能ですが、
実家やご自分の事務所を使って、ほとんどお金をかけず、やってのけた方々もおります。

ある方は、ご自分の事務所に仮眠用の簡易ベッドを持ち込み、
食事やお風呂は自宅ですませ、その後は事務所で一ヶ月寝泊りしました。

「仮設住宅に暮らしている三陸の人を思えば、なんてことありませんよ」と仰っていましたが、
あれから七ヶ月、傾きかけていた商売が、忙しくなって来たそうです。

その社長さんには、この方違へをやりますと、商売の中身が変わって来ますよ、と話してあったのですが、
確かに、親から譲り受けた方の古くからの商売はパッとしないそうですが、
新しく取り組んでいた商売の方は、どんどん売り上げが増えて来たそうです。

ところが、これで失敗した女性もいるのです。

その方は、「結婚したい!」と40代になっても言い続けていましたので、
ならば、「方違へ」をやってみたらいいわよ、と奨めたのです。

これを実践すると、あなたの前に必ず男性が現われるから、とアドバイスし、
彼女も、「がんばりま~す」と実践してくれたのですが、、、それから数ヵ月後、

「私、犬、買って来ちゃった。ペットショップで見たら、もォ、かわいくて~」との電話

これは、私がいけないのです。

「男じゃなくて、たまに、オス犬が現われることがあるから、そのときは、飼っちゃダメよ」と、

釘をさしておくべきでした。

結婚相手が現われる方位を取って、オス犬を飼うと、男はもう現われません。

それで、彼女はもう一度、実践してみたのですが、その度に、オス犬が一匹ずつ増えていくのです。
今や、5匹の犬に囲まれ、ハーレムの女主人みたいに犬まみれになっています。

ちなみに、この方は「戌・いぬ」年です。













2012. 09. 02  



厳しい残暑が続いておりますが、気がつくと蝉の声が聴こえなくなっています。
時間は確実に秋へと向かっているのでしょう。

この記事がアップされる頃は、出張で地方にいますので、
記事の更新が出来なくて申し訳なく思います。

さて、ネットやスマートフォンの世界ではよく略語を使いますが、
これからますます文章は短く、コンピューター用語の連なりみたいになってしまうのでしょうか。

暗号を読んで泣いたり笑ったりする若者のそばで呆然とする私、という光景が浮かびます。

文字列がすかすかのブログでないと読めない人がすでにいるのですね。

「ぎっしり文字の詰まったみにくいカキコ」と罵倒されている文章を見ると、
私のブログの半分も文字が詰まっていませんでした。

「読みにくい書き込み」かと思ったら、「醜い書き込み」と言われているのでした。

恐ろしい。

こういう輩には、シェークスピアの分厚い本のページを開いて、「どやっ」と見せたくなる。



今週も体調をしっかり整えて、よき鑑定が出来ますよう、頑張りたいと存じます。

みなさまにとりまして、よき一週間でありますように。


9月3日(月) 午後2時~午後10時 (午後から) 

9月4日(火) 午前10時~午後10時

9月5日(水) 午前10時~午後10時

9月6日(木) 午前10時~午後10時

9月7日(金) 午前10時~午後10時

9月8日(土) 午前10時~午後10時

9月9日(日) 出張鑑定



過去に一度でも私の鑑定を受けたことがある方々は、
手元に資料(生年月日や鑑定の内容を記したもの)がありますので、
メールで鑑定日時をお申込みいただかなくてもかまいません。

寄せられる相談事の70%は「すぐ、回答が欲しい」ものばかりです。
私が電話に出ないときは、他の電話に出ている、対面鑑定の最中、のいずれかです。

大変ありがたいことに私を気遣ってくださる方が多く、
「今日、電話してもいいですか?」と丁寧にメールをくださる方が非常に多いのですが、
そういうときは、思い切って電話を入れてみてください。

悩み事が解決してゆく過程で、物事は必ず変化していきますから、
「状況が変わってきたのですが、どう対処したらいいですか?」ということが往々にしてあります。
ここが解決のポイントで、変化のときに判断を誤らないことが重要なのです。

そういうときは、「れいらんさんは忙しいんじゃないか?」と気遣う必要はありません。
すぐ話してくださると、こちらも、より良い解決法が見つけやすいのです。

はじめての方は、事前に日時をお申込みいただいての相談となります。
カテゴリ「鑑定の申込み方法」をご参照ください。

朝10時前、夜10時以降をご希望の方は、事前にお申込みいただければ待機しております。



2012. 09. 01  
関東大震災 (文春文庫)関東大震災 (文春文庫)
(2004/08)
吉村 昭

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昨年の東日本大震災で、津波の犠牲になってしまった人々と、
逃げ延びて何とか命をながらえた人々の「運命」の差というものについてよく考えます。

あの当時、何度となく繰り返しながされた映像の中で、
小高い丘に避難した人々が、「逃げろー!速く速く!!」と必死で叫んでいる、
その丘の下を自動車が走っていて、彼方から今まさに津波が襲いかかろうとグングンと押し寄せて来る。

あの彼岸と此岸の、生死を一瞬のうちに大きく分けた運命の差、
それはほんの一瞬の時間の差であり、ほんのわずかな場所の違いでありました。

海べりに住んでいた人々が、津波が来たらここはいちばん先にやられると真っ先に逃げて生き延び、
奥地に住んでいた人々が、まさかここまで津波が来るまいとして逃げ遅れてしまう。

ただただ運というしかない、こうした突発的な生死の分かれ目を思うとき、

人間のわずかな気配りや注意の差が、大きく生死を分けるということを如実に教えてくれるのが、

ここに紹介する吉村昭の名著、「関東大震災」です。

先ず、地震予知ということに対する科学者の職責と能力の問題について吉村さんは掘り下げます。

当時の地震学の権威であった東京帝国大学地震研究室の主任教授・大森房吉理学博士と、
助教授の今村明恒理学博士、二人の対比が描かれています。

関東大震災の発生前、微震が続いていたとき、ちょうど主任教授の大森は学会で留守にしており、
その間、助教授の今村にすべての判断がまかされることになります。

度重なる地震に、これは大地震がくる前触れではないかとの新聞社からの問い合わせが相次ぎますが、
今村助教授は、過去、ほぼ60年の周期で大地震が発生していることから、
記者への表現に気を使いながらも、これが大地震の予兆である可能性が高いと判断するのです。

ところが、主任の大森教授は、科学的な根拠もなくただ周期性だけを根拠に、
いたずらに危機感をあおるのはよくないとして、今村の判断とマスコミへの発表を快く思わないのです。

これが日本の地震学界のトップふたりの間に、深い溝を遺すことになりました。

事実上、主任教授の大森が今村助教授に全面的に敗北したことになるのですが、
いつどこで発生するかということを科学的に予測できるかどうかということに関しては、
計測技術が進歩した今日でも、この当時とそれほど大きく変わっているわけではないでしょう。

関東大震災は地震による圧死などの直接被害もさることながら、
その後に起こった火災が犠牲者の数をかなり増やしてしまったことは、よく知られています。

人々は炎に追われて道路を逃げまどいますが、それは同時に家財の大移動でもありました。
大八車や馬車に荷が満載され、それらが道路や橋をおおい、避難者の交通をさまたげるばかりか、
その多量の荷物が燃え上がって多くの焼死者を生むのです。

 久松署管内では警察官が荷物を持った民衆の橋を渡ることを禁じたが、社会的地位の高そうな男が
 警察官と押問答になった。
 男は荷物を背負いながら橋を渡ろうとし、それを阻止する警察官に、

 「自分の財産を背負って公道を行くのが、なぜ悪いのだ。そんなことは法律で定められてはいない」

 と、怒声をあげた。

 それにつづく群集も男に同調して、警察官に罵声をあびせかけ橋上を強引に渡ろうとした。そして、
 暴行にも及びかけたが、突然男の背負った荷が燃え出し、男は炎につつまれ絶命した。

 この光景を眼にしてから、群集は警察官の言葉にしたがって荷物を捨てたという。


この一文を読んで、はたして、現代にあってはどうだろうかと思わずにはいられません。

ところが、なめつくすような大火災の中で、神田区和泉町と佐久間町一帯は焼け残ります。
これは「関東大震災の奇跡」とさえ言われました。

四囲を完全に火に包まれた中で、少数の外神田警察署員と老人、婦人をふくむ数百名の住民たちは、
町内にとどまり、神田川の水をバケツリレーで汲み上げ、火と戦うのです。

その時間たるや延べ36時間。
疲労は濃く、足腰も立たずに土に座り込む者を、声をはげまし合って火に立ち向かう人々。

私はこの部分を、ホノルルのThe Bus の中で読んでいて、不覚にも泣きました。
この神田佐久間町と和泉町の人々の姿に強く心を打たれ、滂沱のごとく涙があふれて止まらないのです。

鼻水をすすり上げつつ、老眼鏡をはずし涙をふいていたら、
隣に座っていた白人のおじいさんが、心配そうに覗き込むので困りました(笑)

首都直下型地震が近い将来起こるであろうと警告が出されている今、
この本を読んだ人と読んでいない人とでは、
震災時に生き延びる可能性というものに、何倍もの開きが出るのではないでしょうか。

それほど、この本から学ぶことは多いです。
私は弟にも、この本は読んでおいた方がいいと買い与えました。

昨日もフィリピン沖でM7.9の地震がありましたが、
どうも地球は巨大地震のサイクルに入ってしまったようです。

昭和40年代、関東大震災を体験した人々がまだ健在だった時代に、
フィールドワークの手法でこの未曾有の災害を克明に描き出し、
後世に残してくださった吉村さんに感謝の思いは尽きません。

菊池寛賞受賞作。





 

プロフィール

れいらん

Author:れいらん
ご訪問ありがとうございます。

東洋占術歴40年になります。占い師とは「人を幸せに導く職業」だと思ってきました。同時に、多くの方のさまざまな悩み苦しみに接し、人ひとりが人生を生きく抜くことの困難さに思いを馳せずにはいられません。思えば私たちの人生はこころの旅であり、こころには喜びが必要です。こころがつらいとき、どんなに強い人でも自分を支えていくのは難しいことです。その苦しみからどうやって抜け出すか、私の占いが少しでもお役に立てれば幸いです。占いを通じて多くの方々の人生に接してきました。その喜びや哀しみに共感し、一喜一憂する日々はまた、私自身のこころの旅でもありました。

長きにわたり、ご紹介のお客さま限定の対面鑑定をしてまいりましたが、少しでも多くの方のお力になりたいと思い、このブログからの電話鑑定も受け付けることにいたしました。電話が苦手という方にはメール鑑定もご用意しておりますが、電話の方がよりニュアンスが伝わりやすいと存じます。

東洋占術にはそれぞれ得意とする分野があり、ご相談の内容によりもっとも適切な占術をこちらで判断の上、鑑定いたします。

ご依頼の方は、カテゴリの「鑑定の申込み方法」をクリックし

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