2018. 02. 13  

玉井伸弥 (Born in 1994)


この連休は「関東お弔い独り旅」が続き、電車の中で、たっぷり読書にいそしんだ。





「AI vs. 教科書が読めない子供たち」 新井紀子著 東洋経済新報社

教科書に限らず、日本文を正しく読解できないのは、何も子どもばかりではない。

それを感じたのは「メール鑑定」の文章を読み間違え、ズレた質問を繰り返す人が多いからで、ゆえにメール鑑定よりも電話鑑定を推奨する理由は、そこにある。

Twitter のやり取りを見ていても、どうしてそんな受け取り方をするかなぁと嘆息することが、しばしば。議論以前に、読解力が欠落しているのであるから、何をか言わんや。

なぜ現代人は、正しく文章を読み取ることができないのか?

おそらくキーワードだけ拾って、自分で分かる話に仕立て上げてしまうからだろう。

こうした読み方をするのが、実はAIである。

AI開発の中で得た結論は「AIは文章が読めない」ということであった。

文章の意味を理解せずとも、単語の出現確率など、統計のみで正解を判断するAI。

前述の「キーワードだけ拾って、自分で分かる話に仕立て上げる」読み方は、AIと同じなのである。

日本の語学教育は、国語も英語も「読む」「書く」という技能の「技」の部分を軽視し過ぎている。

ゆえに「書けない」「読めない」おとなも実は多く、それは寄せられるメールを読めば、一目瞭然である。

(こんなことを書くと、私の元へメールを送り辛くなるかもしれませんが、私自身は平均的な読解力は持っていますから、相手の言わんとしていることは分かります。論文などと違い、普通の文章にはお人柄がにじみ出るもので、そうしたところを楽しみながら、みなさんからのメールを拝読しています)

米国で英作文の書き方を学んだ経験のある人は、みな一様に感じていらっしゃると存じますが、英語の世界には、英作文はこうして書け、という一定のフォームが存在する。

1919年、コーネル大学のウィリアム・ストランク教授の小冊子「The Elements of Style」が、すべての原型となっており、これ一冊を制覇すれば、英作文は書けるようになるのだが、NewYork Times のような、締まった文章を書くには、関係代名詞や接続詞の省略法をマスターする必要がある。

されど日本の作文に、これといった「文章ルールブック」は存在しない。文章の達人と言われた谷崎潤一郎・丸谷才一・井上ひさしによる「文章読本」は存在するが、これを読んでも、読み物としてはおもしろいが、実践にはあまり役立たない。参考になるのは、本多勝一「日本語の作文技術 」ぐらいか…。

ところが読解力となると、それを向上させるための科学的な手段は見つかっていないと、新井紀子先生は書いている。

AIが仕事を奪う未来はすぐそこにある。

されど新井先生は「AIが神になる?――なりません。AIが人類を滅ぼす?――滅ぼしません。シンギュラリティが到来する?――到来しません」と、力強く否定する。

本書が提起する問題は「AIでは対処できない新しい仕事は、多くの人間にとっても苦手な仕事である可能性が非常に高い」という厳然たる事実。

ならばAIができない読解力を身につけ、AIにはできない分野の仕事へ就くべきではあるが、そもそも読解力を向上させる科学的手段が見つかっていない現実に、背筋が寒くなるのだ。

必読の一冊。


  学校へ蜂に刺されし顔で来る






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2017. 11. 25  

東山魁夷 「年暮る」 山種美術館








「敗戦野菊をわたる風」吉田直哉 著



「良い問いは答えより重要だ」

常識的な答えだけを知っている人間になるより、根源的に問う人になれという意味で、吉田直哉は、南カルフォルニア大学の数学者リチャード・ベルマンのこの言葉を座右の銘にしていると言う。

吉田直哉はNHKの演出家、ディレクターとして知られる。数々のドキュメンタリーやドラマを手がけた伝説の人である。私は、吉田直哉の文章を愛し、世に出たものはひと通り読んだ。

その吉田さんの幼少時代から大学卒業までの思い出を綴った53編が「敗戦野菊をわたる風」だ。

昭和6年の生まれゆえ、日中戦争から太平洋戦争が時代背景としてあるが、身辺のことを中心に、忘れがたい風景、出合った人々の面影を描いて感動を呼ぶ。

祖父、父とも学者であるが、山椒魚の研究をしてそれを家に飼っている超俗的な祖父 が、体長1m半の大山椒魚を逃がし、 新聞に大きく書かれた時、「毎月8月になると大山椒魚は卵を生むために集まるのだ。おそらく古巣の岡山まで出かけようとしたのだ。このような動物は一匹 に見えるが、実は一匹がおおぜいなんだ。山の上の立った一本の木も、実はおおぜいなんだ」

この「ひとりでおおぜい」のテーマを、後に卒業論文「ベルグソンの体制と個の問題」として書くことになる。

「好奇心を持ち続けろ」が父・富三の口ぐせだった。富三は、文化勲章を受章した東大名誉教授にして癌研究所長で、日本の癌研究の第一人者。草分けの一人である。父と吉田少年はよく長崎の坂道を散歩した。こんな記憶がある。

「癌細胞を注意していると、かならず多数派と少数派にわかれる。例えば100個の細胞に対して20個の少数派。社会も同じだ。多数派が正常ということになりやすいが、しかし少数派だと思って無視していると、時に突然、多数派に移行するんだ。細胞の数の逆転、遷移と同じように」

吉田さんは父のこの話を面白く聴いた。思考のプロセスをかいつまんで話す父の言葉の余白は自分で補いながら、全体の意味を感じとった。だからのちに、敗戦で価値の逆転がおこったとき「なるほど、これが多数派への移行か」と思うことができた。

敗戦間もなく、進駐軍の50台もの行列をただ一人路上で見ていたことを家に帰って話したら、父は「こういう不良性のあるやつには、これからの時代は面白いかもしれない」と、言ったという。

旧制二高、東大での駒場寮(旧制一高の寮)の生活は、懐かしい思い出として描かれている。いわゆる、気ままでバンカラな生活の中で、珈琲店「ゆきやなぎ 」で、(店をやっている)バイオリンを弾く謎の美女との出会いが、感傷的であるが清冽な文章で書かれている。

ある日突然その店が壊され、その美女も消え、その跡地に「敗戦野菊が生えていた」という風景をこの本の表題にしていることからも、青春時代の忘れ得ぬ思い出なのだろう。

最後の編で、東大新聞の編集に携わっていたとき、劇作家「加藤道夫」と知り合い、この人の弟子になる決意をしたという。後にNHKで優れた作品を世に出すきっかけはここにあったのかもしれない。NHKを志望していることを報告にいくと加藤は「社会の大勢の人に会える仕事をしなさい」と言ったという。

帰りに玄関を出てふりかえると、童話のように白い洋館の前庭に、敗戦野菊が茂っていたという風景は、ドラマを手がけた吉田さんだけあって、主題の「敗戦野菊」を再度登場させ、この本は終わる。蛇足ながら、童話のような白い洋館にいた新妻は、女優の加藤治子であった。

あとがきで「私事にすぎない、と思えるが、私事にすぎない思い出の集積が、じつは歴史になるのではないか。だからなるべく大ぜいが、私なども含めて大ぜいが、書きとめるべきではないかと考えた」と語っている。

2008年、肺炎のため死去。享年78歳。



  天鵞絨におとがひ埋づめ憂国忌




天鵞絨=ビロード


二十五日、毎日新聞から電話があり、

「知っていますか」
「えっ?」
「三島が自衛隊になぐりこみました」
「自衛隊に?」
「とにかくTV観て下さい」

TVをつけると、
バルコニーでさけぶ三島の姿、
すぐ丸谷に電話をかけた。

「はーい、丸谷です」
「野坂ですけど」
「あ、君かァ」

まだ知らない、

「TV観て下さい」
「TV? 君、歌でも唄っているのかい?」
「三島さんが、自衛隊になぐりこんだそうで、今、TVでやっています」
「後で電話する」

十二月半ば、
丸谷から葉書が来て、狂歌、

  年の瀬を横に斜めにタテの会
      何か/に/つけて心せわしき

丸谷も三島の蟹嫌いは知っていたらしい。
「あれ以後、筆が進んで――」


  ――野坂昭如 『文壇』









  
2017. 11. 18  



おお! 円一時111円台突入。世界中のあちこちで火山も豪快に噴火中。ドル円と火山噴火は相関するというのが、れいらん説(笑)

トランプ減税案、共和党僅差過半数の上院通過が難関。米、利上げ12月確率は91.5%で織り込み、焦点は3月利上げ確率へ。現在45.5%で、がっちり割れている。

12月利上げに向けて大きく膨らんだ円売りが手仕舞になったということ。ドル安・円高への転換。

されど、この投機乱高下、ジェットコースター相場の世界に、投資初心者を「個人型確定拠出年金iDeCoなら、コツコツ積立で税金もお得」なんて誘ってもねぇ。

節税たって(その前提として)儲かったら課税対象になるって想定なんだ。

特に、今のような高値圏から、初めての長期積立投資に入ると、不可避の調整局面にいきなり遭遇し、やっぱり投資って怖い、となるよ~。

若者よ、勧誘の甘言にだまされるでないぞ。自分の虎の子は、しっかり守りなさいね。お金に性善説は通用しません。なんでもかんでも、コロッと信用しちゃダメよ~。うまい話は、まず疑ってかかれ!








「雨にぬれても」 上原隆 著


普通の人々の普通の生活を取材して、センスのいい短文にまとめた「コラム・ノンフィクション」。ノンフィクションとはいえ、まるで切れ味のいい短編小説を読んでいるかのように錯覚する。胸に残る風景が語られる。

その中の一篇、「墓まいり」はあとを引く。

語り手の竹内敏子が所沢霊園にいるシーンから始まる。

勤め先の社長が4年前に自殺してから、彼女は毎月命日になると墓まいりしている。

「竹内さんと社長とは恋人の関係だったんですか?」と尋ねられると、彼女はこんなふうに答える。

「そんなんじゃありません。社長には奥様も子どももいたし、どちらかというと父親みたいな存在だったかな」

小さい頃に両親が離婚し、竹内は母親にひきとられたので実父を知らない。それで10歳年上の社長を父親のように思いたかったのかもしれない。

27歳の時に離婚し、社長の印刷屋に入る。やがて会社は生命保険会社のPR誌を作るようになり、編集プロダクションのようになった。社員は10人いた。

ところが10年くらい前から不況になり、社員が減り続け、最後は社長と竹内だけとなり、おまけに6000万近い借金が残る。竹内は自分の貯金を会社のためにつぎ込むようになって、とうとう4年前に社長が自殺する。

私の胸に残るのは次のエピソードだ。社長の趣味は競馬だった。その土曜の風景が語られる。

竹内が10時頃出社して、社長が昼頃来て、いっしょにお昼を食べて、車で後楽園まで馬券を買いに行って、2時頃からおしゃべりしながらテレビを見て、4時頃になると、じゃあ帰ろうかと社長の車に乗る。竹内の家が途中にあるので、いつも社長の車に乗って、だべりながら帰る。

竹内がコーヒーが飲みたい、社長がラーメンが食べたいってときは、東大島のミスタードーナツに寄る。

隣が本屋さんなのでよく文庫本と競馬新聞をそれぞれ買って、明日の予想をして、じゃあねって帰っていったという風景。

毎週土曜はそうして過ごしていたという。たしかに、男女の関係ではない。しかし、土曜は仕事をほとんどしてないことに留意。

2人とも出社しなくてもいいのだ。いっしょにお昼を食べて、馬券を買いにいって、テレビを見て、それで帰るだけだ。

つまり、社長も竹内も、週末に居場所のない人間なのである。いや、週末だけではない。会社以外に居場所のない人間たちといっていい。

仕事が忙しいから遅くまで残っていたわけではないはずだ。帰ろうと思えば、帰ることは出来る。

帰りたくないのだ。

社長と竹内敏子の関係が、男女の関係よりも、そして疑似親子関係よりも、もっと濃密な関係に見えるのは、居場所のない人間同士だからである。

その寄り添うかたちが羨ましい。


  両国橋越へれば本所根深汁









2014. 06. 07  


残念なことに、昨年10月1日、トム・クランシーはボルティモアのジョンズ・ホプキンス大学病院で亡くなりました。享年66。

「レッド・オクトーバーを追え」以来、トム・クランシーの作品を愛読してきましたが、何がスゴイって、彼の小説はまるで将来を予見しているかのごとく、正確かつ巧妙に作品のプロットが練られているところです。作品内に書かれ、現実に起きた出来事といえば、「9.11」があげられます。

マンハッタンの世界貿易センタービルに旅客機が激突する映像を観たとき、「あれ、トム・クランシーの小説みたい」、とっさにそう思いました。

彼の著書の一つに「日米開戦」があります。アメリカと日本の間で生じる経済摩擦が軍事衝突にまで発展する、という物語。主人公であるジャック・ライアンは、日本側の陰謀を解き明かし、戦争状態を終結させます。しかし、この戦争中に息子と兄弟を亡くし、悲しみに暮れていた日本人パイロットが、ボーイング747をハイジャック。アメリカの国会議事堂にアタックするのです。

これはアメリカ人にとって、カミカゼ(特別攻撃隊)の再来なわけです。日本人にとっては不本意なことですが、英語で「kamikaze」といえば、それは「自爆攻撃」に対する形容の言葉として定着しています。

さて、本日ご紹介したいのは、トム・クランシーの遺作となった、「米中開戦」。これがおもしろい。新潮文庫から全4巻で出ています。私は方違えの最中、内房のホテルで修行僧のごとく禁酒。鑑定を終えた深夜の時間帯に、むさぼるように読みふけりました。

アメリカにおける中国観がこの小説のベースになっており、これが実に興味深い。彼らが中国をどう見ているか、よく判ります。

アジアに緊張を創り出す国家主席のモデルは習近平、幼なじみの共産党中央軍事委員会主席は、対日米強硬派の劉源上将(劉少奇の長男)。南シナ海で暴れ、やがて台湾にまで手を伸ばすのです。

現実問題、いつの日か起こり得ることの一つとされる中国と台湾の衝突。

ネタバレになりますから、これ以上は書きませんが、小説なのに非常にリアルなのです。現実の南シナ海において、中国の暴挙が同時並行で進んでいるわけですから。

たぶん、彼ほどの巨匠になると、軍や政府機関内にも協力者がいて、「秘密情報」も入って来るのだと思います。つまり、優れた情報分析を小説の手法としているのでしょう。

昨年11月23日、中国中央テレビは「中国国防省は今日、東シナ海防空識別圏を設定した」と報じました。ご存知のように、この一方的な設定には日本の領土である尖閣諸島も含まれています。

これを、トム・クランシーの「米中開戦」は、見事に予言していました。


米中開戦1 (新潮文庫)米中開戦1 (新潮文庫)
(2013/12/24)
トム クランシー、マーク グリーニー 他

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2014. 05. 02  

Agatha Christie

アガサ・クリスティの異色作、「春にして君を離れ」は、現代文学における最高傑作の一つです。

彼女のミステリーに慣れ親しんだ身には、誰も死ななければ、トリックもない、名探偵も登場しないという、ちょっと肩透かしを喰らう作品であることは事実なのですが、それゆえに彼女自身もまた、「アガサ・クリスティの名ではこの本をミステリーと勘違いしてしまう読者もいるだろうから」と、あえてメアリ・ウェストマコットという別名で発表しています。

しかしアガサ・クリスティのどの作品よりも、実は怖い。

<あらすじ>

収入にも地位にも恵まれた弁護士の夫、優秀な三人の子供たちを持つ人生に成功したイギリス人女性が、海外旅行中にバグダッドで足止めを喰らう。天候悪化で無期運休となった鉄道を待ち続ける間に、彼女は自分の人生を振り返っていく。

同年代の女性は老けて醜くなっていくのに、私は若々しく美しい容貌を保っている。夫が社会的に成功しているのは、賢く夫をサポートする私がいるからだ。いつも家族のことを思い、家族を愛し、家族を一番に考えてきた私のおかげで、子供たちはそれぞれ幸福な生活を得ている。

……ほんとに?

それが、家族のことを考え、家族のために生きて来たと言えるの?
夫や子供たちから、愛されていた?

深く掘り下げてゆくと…小さな疑問が、やがて底なしの恐怖へと広がってゆく。


自身を完璧な妻にして母であると信じ、疑うことのなかった日々。

しかしそれは、家族に対し自己の価値観を押しつけていただけではなかったのか。ゆえに、家族から嫌がられているのかもしれない。いまや、すっかり機能不全に陥っている家庭。

一点非の打ちどころのない私の人生は、ただ単に自己満足にひたっていたに過ぎず、自己欺瞞でしかなかった。そう気づく主人公、ジョーン・スカダモア。

「自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること=自己欺瞞」と向き合うには、誰しも覚悟が要るものです。それは、己れが傷つくからにほかならない。

得てして人は、見たいものを、見たいようにだけ見て生きているし、なるべくなら自分自身を正当化していたい。そうやって、かろうじてバランスを保っているのでしょう。

ゆえに誰しもジョーン・スカダモアを笑えないわけで、読み進めていくと、自分の中にもある自己欺瞞を鼻先に突きつけられているようで、なんとも居心地のわるい気分になっていきます。

やがて鉄道が再開。家族のもとへ戻るときには、「いや、私は正しかったのよ」と、こころに鎧をまとい直してしまうジョーン・スカダモアにうんざりしていると、最後にまた、クリスティに裏切られるのです。さすが、クリスティ。ぞっとさせられます。

もしお時間がありましたら、ゴールデンウィークにお奨めの一冊。

若い頃と、人生の年輪を重ねてからでは、味わいがまた違ってくる作品です。家族をコントロールし、それを正当化するジョーンを自分の周囲にいる人物に当てはめ、やだやだ、こんな女にだけは絶対になるまいと思ったら、それは若い証拠。

時を経て読み返すと、哀しくも愚かなジョーンは私であり、あなたでもある……。そして、かつては憐れみを感じた夫も、この妻にしてこの夫ありなのだと気づかされます。



春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
(2004/04/16)
アガサ・クリスティー

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プロフィール

れいらん

Author:れいらん
ご訪問ありがとうございます。

東洋占術歴40年になります。占い師とは「人を幸せに導く職業」だと思ってきました。同時に、多くの方のさまざまな悩み苦しみに接し、人ひとりが人生を生きく抜くことの困難さに思いを馳せずにはいられません。思えば私たちの人生はこころの旅であり、こころには喜びが必要です。こころがつらいとき、どんなに強い人でも自分を支えていくのは難しいことです。その苦しみからどうやって抜け出すか、私の占いが少しでもお役に立てれば幸いです。占いを通じて多くの方々の人生に接してきました。その喜びや哀しみに共感し、一喜一憂する日々はまた、私自身のこころの旅でもありました。

長きにわたり、ご紹介のお客さま限定の対面鑑定をしてまいりましたが、少しでも多くの方のお力になりたいと思い、このブログからの電話鑑定も受け付けることにいたしました。電話が苦手という方にはメール鑑定もご用意しておりますが、電話の方がよりニュアンスが伝わりやすいと存じます。

東洋占術にはそれぞれ得意とする分野があり、ご相談の内容によりもっとも適切な占術をこちらで判断の上、鑑定いたします。

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