2017. 11. 13  

雪舟 室町時代 国宝「秋冬山水図(冬景図)」 東京国立博物館


7日のブログ「立冬」で、11日頃から気象変化がはじまり、海外では大地震や噴火が目立つとお伝えしたのですが、イランとイラクの国境でM7.2の地震があり、死傷者も出ている模様。先程、コスタリカ付近でもM6.5の地震があった様子。アイスランドの最高峰でも地震が続き、いよいよ噴火かと外電が報じている。

気象の荒れるときは、社会にも様々な混乱が起こるもので、人によっては精神状態が不安定になるので、ご留意ください。

交感神経が過剰に優位で神経が尖った状態のときは、副交感神経にお出まし願うしかないわけで、睡眠を心がけ、時間があったらお散歩でもし、好きなものを食べて腸を動かす。腸内環境がよくなると副交感神経が上がりやすくなり、全身の血流もよくなります。

冬になると、甘いものが食べたくなったり睡眠時間が長くなるのは、軽重の差はあれど、おそらく誰にでもあることで、これは「冬季うつ」で季節性感情障害(SAD)と呼ばれるものです。

神経伝達物質であるセロトニン不足ですから、セロトニンを増やすために、太陽の光に当たる、運動をするなどさまざまな方法があるのですが、食事で増やす方法もあります。

肉、魚、大豆などたんぱく質の摂取を心がけること。その際、トリプトファン吸収のためにビタミンB6が必要なので、ビタミンB6が多いバナナやさつまいも、レバー、青魚なども食べるといいのです。

毎年、この時期になると必ず連絡のある友人が二人いて、性格は真逆なれど「うつ体質」なのです。今年もそろそろかな・・と思っていたら、先週末連絡があり、どちらもブツブツ文句を言っていて、この後に来るのは、冬ごもり。

例年、冬が終われば回復するので、そっとしておくのですが、本人は辛いだろうなと。うんうんと相づちを打ちながら文句を聞いてあげることはできるので、11月の風物詩だと思っています。その文句も中身は些細なこと。されど、流せないのですね。そこが気の毒。

気持ちがザワザワしてきたら、それを落ち着かせるものを見つけましょう。メリル・ストリープのお料理コメディ「Julie & Julia」なんか、ほんわかして、如何でしょうか?








  たたたたと螺旋階段冬に入る




「牡蠣そば」 冬のたのしみ。今夜はこれを作ろう!




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2016. 09. 12  


私の住むマンションのベランダ側には、道路をはさんで4軒の一戸建てが建っている。私の部屋は三階で、仕事のときはベランダ側を向いているので、この4軒の屋根はイヤでも視界に入ってくるが、ベランダ側には高い建物がなく、遠くに森が見えたり、空も見えて、景色の抜けがとてもいい。

4軒の屋根を毎日眺めているので、余計なお世話とは知りつつ、よそ様の屋根の劣化具合が気になっていた。仕事上、家のリフォーム時期の相談をよく受けるので、この4軒さんにはなるべく良い時期に修繕してほしいと願っていたが、そうはいかないのだった。

家のリフォームは時期を選ばなければならないと、普通は誰も思わないのだろう。最も大事なことの一つなのだが・・・。

この4軒は同時期に建てられたと思うのだが、右はじの家がいちばんお金のかかっていそうな家で、ここの奥さまは髪を紫色に染め、その姿はまるで紫のポンポンの花を咲かせるアリウムみたいだ。ゆえに、アリウムさんと勝手に呼んでいる。推定年齢70歳のアリウム夫人は頭が紫なので、スーパーで見かけてもすぐ判る。知らない同士なのに、つい挨拶しそうになる自分が可笑しい。

アリウム夫人はマメな人で、私がベランダで洗濯物を干していると、家の周りを掃き清めていたり、庭先でガーデニングをしていたり、ゴミの収集車が来たあとは率先して掃除をしていたり、ご近所さんともよく立ち話をしていて、社交的で明朗闊達な女性とお見受けしたが、最近とんと見かけなかった。一昨日の朝、ベランダで洗濯物を干していたら、なんとアリウム夫人が杖をついて歩いている。脳卒中で片側が麻痺しているような歩き方。

4軒の中でアリウムさんちがいちばん先に外壁をピカピカに掃除し、屋根を新しいスレートにしたのだが、私がアッと驚いたのはそれが2013年8月、五黄の年の五黄の月だったこと。よりによってこんな時期にと心配していたが、元気だったアリウム夫人が杖をつく身になろうとは。紫の頭は趣味ではないものの、ご近所の道路まで掃除していたアリウム夫人に勝手にシンパシーを感じていただけに、気の毒で仕方がない。

アリウムさんちの次にリフォームしたのは左はしのお宅で、これがまた4月の土用中だった。足場が撤去されてみると、屋根の新しいスレートは赤みがかった朱色、外壁は白く塗られ、映画「小さいおうち」で松たか子が住んでいた家のようになっていた。こうした色合いを男性は選ばないだろうから、奥さまが映画にインスパイアされて決めたのだろう。勝手に眺めている身にはあの映画が思い出されて、なかなかよろしいのだが、土用中の造作には五黄の作用が出てくるから劣化が早いはずだし、家族に問題が起こらなければよいがと、これまた勝手に心配してしまう。

そして3軒目は右から二番目のおうちで、アリウムさんちのお隣が現在リフォーム真っ只中である。こちらは外壁が茶色なのでブラウン宅と呼んでいる。ミスター・ブラウンは50代前半で、私の弟と同年輩の感じ。マメなお父さんで、日曜日になると通販で見かけるような高枝切り鋏で庭木の剪定をしていたり、家の周りの草むしりに余念がない。

ミセスはちゃきちゃきしたしっかり者という感じで、これまた弟の妻に雰囲気が似ていて、陽気なアリウム夫人とも仲良し。アリウム夫人はミセス・ブラウンより20歳は年長なので、なにやらいろいろ指導していて、ミセス・ブラウンはそれに従順である。旦那さんの剪定した枝を傍らでせっせとかき集め、ブラウン夫妻は休日のお出かけも一緒で仲が良さそう。ゆえにブラウン宅にも思い入れが強いのだが、足場を組みはじめたのが9月初旬で、これまた五黄の月からはじまってしまった。そのせいか、台風騒動や秋雨前線でちっとも工事が進まない。進行度合いを勝手に心配している。

左から二軒目のお宅だけはまだリフォームに着手していない。旦那さんがイチローに似ているので、鈴木さんとお呼びしているが、次々と周りのおうちがリフォームすると、やっぱり人の心理として鈴木さんも、「うちもそろそろ、やらねばいかんかなぁ・・・」と気になっていると思うが、リフォームの営業マンはこうしたお宅を狙っていくのだろう。

私が勝手に親近感を持っている4軒のお向かいさんのうち、3軒のお宅はリフォームがダメダメの時期だった。しかし、単に土用や五黄を避ければいいというものではなく、本来はそこに住む家族全員の生年月日を鑑なければならない。

相手に迷惑にならない程度の人間観察は実におもしろいものだ。市原悦子演ずる家政婦はいじわるで、あれはあれで痛快だったが、私はご近所に対して勝手に親近感を抱いてしまう気質で、これは田舎育ちのせいかなとも思う。


2014. 08. 27  


出張から戻ってまもなく、私用の携帯に何度か、ふふ子さんから電話が入っていることに気づいたのですが、いつもはそんなことがないのに、なぜか胸騒ぎがするのです。慌てて電話を入れると、「光明が死んじゃった」というふふちゃんの涙声・・・。一瞬、呆然として、情けないことに私は何がなんだか判らないのです。哀しみより先に、「どうして・・・まだ58じゃない」という思いばかりが胸を駆け巡る。ふふちゃんは、奥さんから連絡をもらってからずっと泣いていたと・・・。普段は泣かない女なのに、あまりにも急なことで心の準備というものが出来ていないから、滂沱のごとく涙を流すことしか出来ない。

このお盆にふふ子さんとままひこさん夫妻が人で溢れかえった羽田空港で、偶然にも光明君に遭遇し、同じ便で青森へ帰省したという話を、母の新盆にお参りに来てくれた彼等から聞いたばかりでした。そのときふふちゃんから、「光明、少し痩せてた。出張先のジャカルタで水にあたったらしい」と聞き、相変わらず忙しく飛び回っているんだなと、友の活躍をうれしく思う半面、その激務ぶりを心配もしていました。彼は上場会社の役員で、営業本部長も兼務しており、58歳にしてなお最前線に立って部下の陣頭指揮に当っていました。

企業戦士という言葉がこれほどピッタリな人もいませんでしたが、しかし、その人柄は温厚そのもので、上司の信頼厚く、部下にも慕われた人でした。弱音というものをまったく吐かない、大らかな男でした。

光明君はふふ子さんや私と高校以来の友人で、一度も同じクラスにはなったことがないのに、私はよく彼の下宿先に遊びに行っていました。と書けば、まるでボーイフレンドのようですが、そういった間柄ではなく、男女という枠を超えた気の合う友人で、自宅の部屋はおもちゃ箱をひっくり返したように散らかっているのに(よく母に叱られました)、私は光明君の下宿部屋の掃除婦役でした。

長じて、光明君、ふふちゃん、ままひこさん、新聞記者の柴崎君と奥さんのハニー(愛称)、そして私というメンバーで、ふふちゃん以外はみんな大酒呑みなので、やれクリスマスだ、新年会だと理由をつけては同窓会をしていました。高校時代の仲間が、孫もいるような年頃になっても集まっているケースは稀だと思いますが、毎回、大盛り上がり。

ふふちゃんが下戸なことを幸いに帰路は彼女の運転で、ままひこさん所有の軍艦みたいな大型のワーゲンがバーに早変わり。缶チューハイが薄いと文句を垂れつつ、我々は家に着くまで呑み続け、光明君は自宅の前で缶チューハイ片手に、「じゃあ、また」と、下車したものでした。

老後は、ままひこさんのクリニックの経費で電動麻雀卓を買ってもらい(経費で落ちるかどうかは判りませんが)、年金の支給日には麻雀大会をやる予定でした。医者だからままひこさんの年金支給額がいちばん多いだろうと見当をつけ、その年金を”かもる”のが、光明君と私の老後の夢でした。

「緑一色みたいな、きれいな手で上がるのが好き」と言ったら、「バクチにも美学があるよな」と、言ってくれる人でしたが、「おまえ、もう少し痩せた方がいいんじゃないか」と、最近は会う度に言われておりました。

あれこれ煩いことを言う人ではないのですが、女性は幾つになってもきれいに身繕いをしておくべきという哲学の持ち主だったようで、私が真冬に白いスラックスを履いていたら、「冬の白も、意外性があっていいもんだね」とコメントするのです。ほとんどのおじさんは、おばさんの格好など気にもとめていませんが、光明君はきちんと見ている人でした。それは、奥さんに対しても同じだったそうです。

奥さんは同郷の女性で、中学時代、生徒会長をしていた光明君に憬れていたそうです。彼のいちばんの幸せは、心の温かい奥さんに恵まれたことだったと、しみじみ思います。

私は占術家の性(サガ)で、つい、方位のことなど気になり、お弔いにご自宅へ伺ったとき、「こちらに住まわれて何年になりますか?」などと、奥さんに聞いてしまうのです。「6年になります・・・」という応えを聞いて、2008年、子の一白の年・・・脳出血だから南方位・辰の五黄殺か、などと光明君の亡き骸の前で脳裏を駆け巡らせる・・・イヤな女です。帰路、ままひこさんが、「前の家から見ると、今の家は南の方位になるよ」と、私が方位のことを気にしているのを百も承知の彼は、そっと教えてくれました。

もともと、彼の持って生まれた運勢自体に、「首から上の疾患に要注意」という赤信号が点滅しているのですが、そこへもってきて、「南の五黄殺方位への転居」が58歳の脳出血に拍車をかけたのでしょう。ジャカルタ出張も「寅の八白暗剣殺」方位でしたが、彼は毎週どこかへ出張していましたから、たくさん方災を侵していたと思います。

泣かない女のふふ子さんが、永遠に閉じられた彼の眼を見て、「光明、起きて!」と慟哭しました。帰路、半分冗談で言っていた我々の老後のプランを、彼女は、「私は、本当に楽しみにしていた。それなのに・・・楽しみがなくなってしまった」とつぶやくのを聞いて、嗚呼、本当に光明君は居なくなってしまったんだと、淋しさがしんしんと増してくるのでした。

今、35年ぶりに再び、「ニーチェ」を読みはじめていて、認識を新たにしています。過去の認識といっても「ツァラツストラ」の序章で挫折したお粗末なものですが・・・。

「疲れたらたっぷり眠れ。自己嫌悪におちいったとき、何もかも面倒でいやになったとき、何をしてもくたびれてしかたないとき、元気を取り戻すためには何をすべきだろう。ギャンブル?宗教?流行のリラックス療法?ビタミン剤?旅行?飲酒?
そんなことよりも、食事をして休んでからたっぷりと眠るのが一番だ。しかも、いつもよりずっと多くだ。目覚めたとき、新しい力が漲る別の自分になっているだろう」 ー漂泊者とその影ー

来る日も来る日も仕事で、日本中はおろか、世界中を飛び回っていた友の急死を目の当たりにし、ニーチェのこの超訳の言葉はいっそう身に沁みるのです。もう若くはない。



ー光明君に捧ぐー

 はつ秋に閉じられたといふ優しき眼

 地に落ちて大きかりける空蝉よ

 蓋開けて置かれしビール枕膳

 クーンクーンと愛犬鳴きぬ夜の秋

 帰りなん金の稲穂のふるさとへ

 八月や君はしづかに逝き給ふ




 (千葉の鈴子さん、パソコンからメールをお送りできるよう、携帯の設定を変更くださいませ。よろしくお願いいたします)

2014. 05. 24  

Squall Unimat (Wyeth)

清少納言の枕草子、「すまじきものは宮仕え」という一節。人に仕え人に使われる立場は、できればしないに越したことはない、という意味ですが、平安時代の宮中、お公家さんはへそ曲がりの巣窟で、完璧なヒエラルキー社会ですから、ぽっち眉毛の「いけずなマロ」や、いびりのカリスマ・弘黴殿女御(こきでんのにょうご)みたいな上司が多勢いたのでしょうね。

一方、人を使う立場にも計り知れない苦労があるものです。

ある40代の女性から、「部下なのに、なぜか私に対して上から目線というか、偉そうなのです。仕事ができるわけでもないのに、その自信はいったいどこからくるのか。どう接すればいいのか助言をください」というものがありました。

そこで思い出したのが30年前、私の部下だった「ねじ子」のことでした。プライドがねじ曲がっているから、「ねじ子」。素直にハイといえない女でした。

役員会で使う資料準備を、ねじ子に頼んだのです。たいした仕事ではありません。資料のコンテンツは課長と私で作成し、ねじ子はそれをタイプして、コピーするだけの簡単な作業。たったそれだけなのに、ねじ子に頼むと「ひと悶着」あるのです。

世の中にやっとワープロが出はじめた頃でした。上司に頼んでキャノンのキャノワードを3台導入してもらい、12人いたチーム全員がいち早くマスターしていました。オフィスにファックスが登場して2年目。その前はテレックスを使っていた時代です。ジョン・レノン射殺事件はニューヨーク支店からのテレックスが第一報で、思わず、「ジョン・レノンが暗殺されました」と叫んだら、部内がどよめきました。e-mail の現代からは想像もつかない、昭和の手作業満載のオフィス。

「ねじ子さん、この書類を午前中にタイプしてくださいね」

「え、私がやるんですか?」

まず、こう来るわけです。ねじ子は入社して3年目。こんな仕事は新人にやらせろ、とでも言いたげな「ドヤ顔」ですが、ぶーたれることは先刻承知ですから、もうお構いなしで指示を進めます。あとは、タイプが終われば、内容をチェックし、コピーして終了となるはず。しかし、ねじ子相手だと、そうはならないのです。ややしばらくして、

「課長の字、「い」だか「り」だか判別できないんですけど」と、ねじ子。

「それは「い」。前後の文脈で判るでしょう」

この言葉にねじ子は、かちんと来ているのです。しかし、私からそう言われることも判っているのです。それでも、わざわざ質問に来る「プライドがねじ曲がった女」。入社3年目なのに新人がやるような仕事をさせる、私という上司に腹を立てているわけです。しかし、彼女に難しい仕事は任せられない。役員のコネで入社したねじ子は、明らかに能力不足でした。

そして、できあがった文書をチェックして唖然とするのです。文章中の「い」と「り」がめっちゃくちゃ。

「ねじ子さん、これ文章になっていないでしょう」

「書いてある通り、タイピングしただけです」

自分は間違っていない、課長の字が悪筆だからわるい、とすることで抗議に出てきたのです。 「いーえ。あなたは間違っている」と、ここで相手にしたら、泥沼に入ることを経験で知っていました。ねじ子がタイプした文章に朱筆を入れ、

「これで、フロッピーを修正してください」

内心、はらわたが煮えくり返っているのですが、ここでムッとすれば、ねじ子の思うつぼ。私が、このチームを任されたリーダーだなんて、ねじ子は、はなから思っていないのです。彼女の何倍も仕事をこなし、チームをまとめ上げ、必要があれば休日も出勤している苦労など、ねじ子に判ってもらおうなんて、これっぽっちも思わないけれど、そのときの私は、ねじ子の意地と格闘していました。

「えー、修正するんですかぁ」と、不満をあらわにするねじ子。

「そう。なるべく早くしてね」と、淡々と応じる私。

「でも、ワープロがふさがっていて、使えないんですけど」

このやりとりを聞いていた別のスタッフが慌てて、

「私の仕事は急ぎませんので、どうぞ先に使ってください」と、気をきかせます。

彼女が入社してきたとき、2年目の女性をマンツーマンにつけて研修したのですが、ここでもひと悶着あって、2年目の女性がもう退職したいというので、ねじ子の研修は私が受け持つことにしたのです。新人なのに偉そうで、あんたはいったい何様なの、役員の縁故だから課長は忠告できないでいるけど、私は出世なんかどうでもいいからバンバン言うわよ、というわけでシゴイたのですが、のれんに腕押し、ぬかに釘。3年目になっても下働きしかさせられない女でした。ペアでする仕事に就かせたら、相手がみんな胃潰瘍になっちゃいそうですから、いつも一人でする仕事しか任せられません。

この顛末をどこからか聞きつけた課長がやってきて、

「あの意地や頑なさはいったいなぜ・・・」と、ため息をつきます。

私にはわかる。「人を何だと思っているのか」という意識がねじ子の根底にはあるのです。自分の思う自分の社会的位置と、社会で値踏みされる位置は違う。自任と他者評価は違うことに疎いタイプが少なからずいます。

「タイプして」「はい」で、すぐ終わる用事が、ねじ子にかかると1日を要し、関係ないスタッフまでが右往左往するのに、ねじ子だけが、平然としている。動かざること、山のごとし。

プライドの高い、自信過剰な部下に共通してある真の恐ろしさは、本人が生涯それに気づかないまま人生を終える可能性があるということです。憤りは自分に向かず、常に他者へ向く。私はそういうタイプには距離を置き、怒らないことにしていました。治らないし面倒だからです。ねじ曲がったプライドは一生直らない。これが経営者ならば、辞めさせる方向へ持っていくこともできますが、組織ですとそうもいきません。

しかし、自然に辞めさせる「おまじない」はあるのです。私はそれで、ねじ子から「退職届」を受け取りました。そのときは課長と二人、喝采を叫び、新橋のスナックで中森明菜を唄いまくりました。「DESIRE -情熱-」が街角に流れていた時代の話です。


2013. 10. 24  


8月29日、母はホスピスへ入れていただくことが出来ました。青森市には緩和ケア病棟を持つ病院が一先しかなく、これはもう、方位云々は言っていられないと、諦めもしていました。

しかし、8月は年月同盤であり、年月五黄中宮ですから、八方位に暗剣殺の作用が出てまいります。その時に、母を動かすのは避けたかったのですが、すでに自宅で看護するような状況ではなくなっていました。これもまた、母の運命であろうと考えるしかありません。

ところが9月下旬になって、母はホスピス内で部屋を移動することになりました。これが良かったのでしょう。小さなお引越しであり、暗剣殺から逃れることが出来ました。寝たきりの状態であることに変わりはありませんが、口からものが食べられるようになりました。病院の主菜・副菜にはあまり手をつけませんので、義妹が母の好きなものを持参してくれます。

昨日は、いちご味に練乳のかかった氷菓が食べたいと申しますので、病院内の売店に行きましたら、小豆に練乳のかかった白いのしかなく、仕方なくそれを買い求めましたが、「どうして、いちご味のがないの!」と、駄々をこねます(笑)すぐ、義妹にメールしましたら、一個、買い置きがあるということで、ホッとしました。

体調がよくないのは、グッとこらえることが出来る我慢強い母なのに、どうしてアイスは我慢出来ないのか、このあたりが、なんとも可笑しいのですが、どうしてもいちご味が食べたかったのでしょうね。不思議の国のアリスならぬ幸ちゃん。

このホスピスは看護師さんや看護助手さんたちが本当にやさしく、甲斐甲斐しく手当てをしてくださいます。感謝しても、しきれません。有難いことでございます。

入院している患者さんはすべて末期ガンの方たちばかりですから、土用の入りの頃は、亡くなられる方が続きました。

母の隣室に、食道ガンの末期の男性が入っておられました。咳が聞こえてくるので、あるいは肺にも転移されていたのでしょう。いつも、10時と15時には音楽を聴いていらっしゃいましたが、その音楽も聞こえなくなって一週間経った頃、いつも看病にいらしていた妹さんが、病室を出たり入ったりしていました。

その妹さんさんの、小学生の男の子が二人、談話室でぼんやりしていましたので、お腹が空いただろうと思い、柿や梨をむいて、チョコレートなんかと一緒に持っていきました。ちょっとたって、妹さんが御礼を述べられたので、「大変なときはお互いさま」と言いましたら、「たったいま、兄が亡くなりました」と仰って、涙ぐまれました。59歳だったそうです。

先週、新しく入って来た青年は、まだ20代ではないかと思うのですが、ホスピスに入るということは、長い未来はないということです。病室の名札のところに、ご自身の手書きの紙が貼ってあるのです。「負けない。折れない。絶望しない」と。たまに、部屋の入口にかかっているカーテンが空いていて、目が合ったりすると、どうしたものかと思いながら、思わずニッコリして手を振ってしまったりする、私です。心は時雨のごとき涙雨で一杯ですが。

病院内の売店まで行く道すがら、入院している方々の名札を何気なく目で追っていましたら、中学生のときに社会科を教わった先生のお名前があるのです。そこが、認知症病棟であることに胸がつまりました。往時は、スカッと爽やかで、かつ明晰な女性教師でした。「なぜ、ベトナム戦争が起こっているのか」、黒板に地図を書いて、東西冷戦を教えてくださった先生でした。

人の死にささやくばかり片時雨



プロフィール

れいらん

Author:れいらん
ご訪問ありがとうございます。

東洋占術歴40年になります。占い師とは「人を幸せに導く職業」だと思ってきました。同時に、多くの方のさまざまな悩み苦しみに接し、人ひとりが人生を生きく抜くことの困難さに思いを馳せずにはいられません。思えば私たちの人生はこころの旅であり、こころには喜びが必要です。こころがつらいとき、どんなに強い人でも自分を支えていくのは難しいことです。その苦しみからどうやって抜け出すか、私の占いが少しでもお役に立てれば幸いです。占いを通じて多くの方々の人生に接してきました。その喜びや哀しみに共感し、一喜一憂する日々はまた、私自身のこころの旅でもありました。

長きにわたり、ご紹介のお客さま限定の対面鑑定をしてまいりましたが、少しでも多くの方のお力になりたいと思い、このブログからの電話鑑定も受け付けることにいたしました。電話が苦手という方にはメール鑑定もご用意しておりますが、電話の方がよりニュアンスが伝わりやすいと存じます。

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