2017. 09. 25  



西原かあさんのひと言、「キライ」のそのあとどうするかを自分で考えなさい。沁みますね、これ。人生の基本です。

家庭のみならず、とりわけ組織において「〇〇さんなんてキライ」と、吐き捨てたくなることは多々あれど、キライなものはキライなりとあっさり拒絶するなら、キライのあとは、自分で考えねばならないわけで、飯の種を稼ぐときには、そんなこたぁ、言っちゃあいられないよ(笑)

されど社会には、如何ともしがたいモンスターがいるもので、自分が壊れそうなときは、run away from them、すたこらさっさと逃げるのさ。自分をプロテクトするためにね。これは恥ずべきことでも何でもありません。異常なモンスターからは、逃げるしかない。

とりわけ、こういう人からは。


麻生さんの「武装難民」発言で、twitterにはクソリプが飛び交っている。(ついに私も、こんなネットスラングを使うようになってしまったわね、5年前は”ヤバイ”と書くことさえ躊躇してたのに、笑)

クソリプとこき下ろすのは、難民の捉え方が、いかにもステレオタイプゆえ。

難民受け入れる私たちって寛容~(キラキラ)、どんどん来てくださ~い、文句を言うヤツはレイシストだ!ってやるから、まともな議論にならないんですよ。

難民問題を考える人は、あやつられる難民: 政府、国連、NGOのはざまで、を読むといいです。私にはけっこう衝撃の一冊でした。

現実に北朝鮮で動乱が起これば、多くの難民は韓国と中国へ流れるはず。麻生さんの仰るように、仮に北朝鮮から日本を目指しても、漁船では、あの対馬海流はどうにもならない。たぶん、生きて日本へは上陸できないはず。

されど現実問題として、北で戦乱が勃発し、そこから逃れた人々が日本へやって来たとする。このケースで、本国へ送還されたときに「迫害」を受ける可能性があるとしたら、ジュネーブ条約により、日本も彼らを難民として受け入れなければならない。(現状としては、ミャンマーからのロヒンギャ難民が該当するのではないか)

一方、金正恩体制が崩壊した場合、異常なまでの独裁体制は終了する可能性が高いわけで、そこから逃れて来る人とは、現体制下で拷問や迫害に関係した人々であろう。これは、受け入れる必要はないとされている。難民の定義からは除外されるからだ。彼らは国際裁判所で訴追を受けることになるので、ハーグへ行ってもらうことになる。

麻生さんの「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」という発言。

これを好意的に読むならば、「今から真剣に考えておかないと、いざというときに、突発的に射殺とかなりかねない。それでいいわけないから、われわれも真剣に考えましょうよ」と、取れないでもない。

法的には、武装した人々は難民には該当しないので、武装難民という言葉は存在しないわけで、麻生さんはもう少し丁寧に、言葉を選ぶべきだったろう。どうも物騒な言い回しが好きなんでしょうね、この旦那。言いたいことの中身は十分に理解できるけど。

今月のように、一白が年月同盤のときは裏の九紫の現象で、国内外ともに「政治」が大きく動きます。

今週は、衆議院解散。


  爽やかに楽天メールごみ箱へ

  


  
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2017. 09. 24  

国宝・僧形八幡神坐像(快慶/東大寺)

小指が気になるわけです。

「私は、これで、会社を辞めました」となれば、立てた小指は、女性の恋人になるし、美川憲一と所属組合が一緒となれば、お上品な仕草の究極デフォルメとなる。

ハワイの親友フランシスは、長年のクセでそうなるのか、パソコンのキーボードを打っているときでさえ、ピッと小指の立つ瞬間があって、これはスジガネ入りと、恐れ入谷の鬼子母神であった。私の百倍は女らしい人だったな(残念ながら鬼籍に入られました)。

この像、まことに生気あふれる容貌で、鎌倉時代の彫刻らしく写実的。そして、この小指が、いわく何とも言い難い。優美の極致。


「お客さま、何名さまですか?」

「一人」

とか、つい、遊んでしまうのだが。


お彼岸のひととき、この世(此岸)とあの世(彼岸)をつなぐ秋分の太陽とともに一日を過ごし、彼岸へ思いを馳せてみたいものです。

この像は僧の形をかりられた神ということで、快慶は彫りをかなり意識したとされていますが、やはり袈裟はラピス、瑠璃色なんですね。またの名を、フェルメール・ブルー。

東大寺のパンフレットは以下の通り。

僧形八幡神坐像は、東大寺の鎮守八幡宮(現在の手向山八幡神社)の御神体であったが、明治初年の神仏分離・廃仏毀釈によって東大寺に移されたもの。

同宮は、治承4年(1180)12月の平氏の焼き討ちにより炎上したが、造東大寺大勧進俊乗房重源上人により再建された。その際、焼失した御神体の新造が計画された。

当初重源上人は、京都・鳥羽光明院に伝来した空海感得の御影の下賜を後鳥羽院に願い出たが、東寺再興の文覚上人や石清水八幡宮も競望するところとなり、結局東大寺には下賜されなかったため、重源は信頼厚き快慶に委嘱して、この神像を新造したのであった。

本像は桧製で、頭・体部は正中線で縦木二材を合わせている。内部は頭部にいたるまで内刳りを施してあり、漆で麻布が貼られている。ここに任阿弥陀仏寛宗の筆になる長文の墨書銘があり、その中には、後鳥羽天皇や七条・八条両女院、仁和寺守覚法親王を始め、今はなき後白河院、東大寺別当弁暁や造像に従事した快慶を中心にした結縁の仏師、銅細工師業基、漆工、或いは笠置寺貞慶の叔父澄憲や明遍等の碩学の名も記されている。(僧形八幡神坐像パンフレットより)




  いくたびも指きりげんまん星月夜




2017. 09. 23  

曼珠沙華

23日は二十四節気の「秋分」。

昼夜の長さが同じと言われる日なれど、実は昼の方が長い。なにゆえか。日の出は太陽が地平線から顔を見せた瞬間、日の入りは太陽が地平線から消える瞬間。この定義によって、日の入り太陽1個分の差が出ると。なるほど。

秋分はまた、地球と太陽が正対する形となることから、太陽は真東から昇ります。私の住む地域は雨に煙り、残念ながら日の出は見えず。お洗濯中止。窓拭き中止(晴れても、やったかどうだか、笑)。

七十二候「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)」。雷が収まる頃とされています。当てはまるのは九州や内陸部。一方、北日本日本海側では、これからの方が要注意。秋に発生する雷は、ひょうを伴う可能性が高くなります。

先だって、4歳児の女の子を持つママと話していたとき、ふと、思い出したことあり。

2013年1月7日、お正月を実家で過ごした私は、戻りの東北新幹線で、新青森駅から一路東京へ。車内はほぼ満席。

八戸から、前の席三人掛けの真ん中に赤ちゃんを抱いた若いお母さんが乗車してきた。

そのとき窓際の席にいた青年、「こちらの方が、景色が眺められて、赤ちゃんが飽きないかも・・」と、神対応。おばば、感動!

4歳児のママいわく「若い男の人たちは、赤ちゃんを抱っこしたママに、おしなべて親切なんです」と。青年よ、君らはステキ。

私は一つ後ろ三人掛け通路側に陣取り、バッカスの使徒。ぷしゅ、ぷしゅっと午前中から豪快。やがてビールにも飽き、ワンカップいこうかなん、と思った、まさにそのとき、赤ちゃんがぐずりはじめた。

ねむねむなんだけど、上手に眠れなくって、ぐずっているのは、子育て経験のない女にもわかる。ママは、もう必死。隣席の青年も、たぶん独男だと思うのだけれど、協力。気配りクン。

されど、満席車中のどんよりした空気に、赤ちゃんは馴染めぬのだろう。泣き声はエスカレートしてきた。

ママ、大丈夫。赤ちゃんは泣くものだから平気だよ、あたしら。後ろの席は、たぶん、同じ郷土の人たちばかりだから、安心して。

そのとき、ママや独男の席の、通路をはさんだ二人掛けにいたオヤジが、わざとらしい咳払いを、大音響でしたのだ。

なんだ、このオヤジ!ブチッと切れる音が脳内にこだました瞬間、斜め後方にいた私は、手にしていた南京豆を、オヤジ目がけて投げつけた。

されど、当たらず。

もう一丁!

二発目、ビシッと命中。

オヤジ、黙る。

私の隣席にいた女の子、くっくっくと笑い、小さく拍手。

酔っぱらうと、猛スピードで暴走するおばばなのでした。

この手の武勇伝には事欠かぬ60年の人生。

続編は、また、いずれのおんときにか。


  故里をおとうと守る彼岸かな




2017. 09. 22  

少しばかりの愚かさとありあまる好奇心のこと/バーナード・ショー


イエレン議長記者会見。FOMC、ドットチャートで年内利上げ、16人中12人変わらず。

民間では「利上げ困難」との観測も強かったので、やっぱり12月利上げか、との反応。

ドル円、111.40から一挙に112.53へ、113円突破する勢い。足もとのアメリカ経済、十分強し。10年債利回り、2.27%へ上昇。ドル強し。

そして日銀。金融政策は8対1で現状維持。緩和不十分と、片岡委員が一人反対。いいぞー、片岡剛士!

欧米がBSを引き締めにかかる今こそチャンス。もう一段、緩和し、景気回復をさらに拡大、成長軌道に乗せるべき。まかり間違っても、福井元日銀総裁のごとき過ちは犯してもらいたくない。

歴史は180年サイクルで繰り返すが、そのひそみにならえば、「通貨」における近代の夜明けは田沼の時代であろう。

日本の歴史学者は経済に不案内なので、田沼意次は賄賂政治の権化なる評価を下す。されど田沼の通貨政策は非常に優れたものだった。

年貢という税収のみに頼っていた徳川の御世に、通貨発行益なる財政補填を導入したのは、田沼意次に他ならない。

通貨供給量を増やし、秤量貨幣、つまり銀貨の重さによって額面価値が決まっていたものから、計数貨幣、重さの如何にかかわらず額面で価値が決まるものへと、斬新かつ取引に便利な通貨へと改革を決行した。

18世紀末から19世紀初めの40年間、物価の安定をもたらしたのは、松平定信の寛政の改革ではなく、むしろ意次の進歩的通貨政策の結果である。

文政・天保年間には、老中水野忠成が田沼にならい、家斉のぜいたくによって陥った幕府の慢性的赤字を補填すべく、通貨発行益を増大。されど忠成は、同時に産業拡大施策を何一つ取らなかった。ゆえに猛烈なインフレ、途方もない物価高となる。

と、負の側面を強調する歴史家が多いのだが、近年の研究では徳川の御世における金融緩和政策は、庶民経済が発展する契機になったとし、経済成長を促したとして、肯定的に評価されている。(高木久史「通貨の日本史」中公新書)

つまり、通貨供給量による幕府の財政収入増加→財政支出増→通貨供給増→物価上昇→商品生産増加→国民一人当たりの所得増加、というプロセスが発生したと。

歴史180年サイクルのひそみにならえば、アベノミクスは、いわゆる田沼意次と水野忠成の金融政策が、180年後に再来した歴史上の事実であって、いま、われわれはその渦中にいる。

問題はこの後だ。180年前は、ここで老中水野忠邦が登場。

1841年からスタートした天保の改革によって緊縮財政が取られる。つまり、通貨供給量を減らすことによって通貨高を狙った施策であるが、この極端な出口戦略は、結果として徳川の屋台骨を根底から揺るがして行く。

天保の改革とは、180年後の現代に置き換えるならば、2021年から始まる。

広島カープ、優勝おめでとうございます!

渡米して以降、日本のプロ野球には疎くなってしまったのですが、大野、川口、北別府、津田の時代、さらにさかのぼって安仁屋、外木場の時代、なつかしいです。外木場は三度もノーヒットノーランを達成。安仁屋も外木場も、広島の弱小時代を支えた二人のエースでした。沖縄と鹿児島の人。


  秋暑し机にでんとマヨネーズ





2017. 09. 21  

ツレヅレハナコさんの「小ねぎだけ肉団子」

  レシピ




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れいらん

Author:れいらん
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東洋占術歴40年になります。占い師とは「人を幸せに導く職業」だと思ってきました。同時に、多くの方のさまざまな悩み苦しみに接し、人ひとりが人生を生きく抜くことの困難さに思いを馳せずにはいられません。思えば私たちの人生はこころの旅であり、こころには喜びが必要です。こころがつらいとき、どんなに強い人でも自分を支えていくのは難しいことです。その苦しみからどうやって抜け出すか、私の占いが少しでもお役に立てれば幸いです。占いを通じて多くの方々の人生に接してきました。その喜びや哀しみに共感し、一喜一憂する日々はまた、私自身のこころの旅でもありました。

長きにわたり、ご紹介のお客さま限定の対面鑑定をしてまいりましたが、少しでも多くの方のお力になりたいと思い、このブログからの電話鑑定も受け付けることにいたしました。電話が苦手という方にはメール鑑定もご用意しておりますが、電話の方がよりニュアンスが伝わりやすいと存じます。

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